第7章(最終章)

第64話


 ……

 なが、かった。

 

 可動域訓練が地獄だった。

 っていうか、リハビリってただの軍事訓練。

 

 もう来なくていいと思うとほっとする。

 銃に撃たれるなんて一生ご免だ。


 ……

 ちゃんと動くまでに戻せたのは奇跡の類らしい。

 それはまぁ、助かりはするが、

 あのまま死んだほうが良かったかもしれない。

 

 おっと、

 そんなこと、まどかちゃんが聞いたら大変だ。


 ……

 十一月三日。

 外は、すっかり秋の装い。

 

 前世で、まどかちゃんが自殺するのは、

 まさに、この一週間のあいだ。


 最後の警戒週間に、

 間に合ってよかったのか、悪かったのか。


 ……

 やらなければいけないことが、ある。

 母さんに、知られないうちに。

 

*


 「……

  君、病み上がりなんだろう?」

 

 うん、そうなの。

 マジでしんどかった。

 でも。

 

 「まちのなかであったら、

  みんなに、わかっちゃうでしょ?」


 県をまたいだ四つ先の駅。

 マウンテンバイクで稼働できるぎりぎりの範囲。

 病み上がりにはかなりキツかった。

 

 「たくまさんのくるまって、

  うしろのとらんくで、これ、いれられたでしょ?」


 「……ぎりぎり、ね。

  まったく、大胆なのは変わらないね。」

 

 どうしても、ここで、会う必要があった。

 この街は、例の調査会社のあるところで、

 琢磨さんは、重要資料の手渡しに拘るようになってる。


 母さんとまどかちゃんに自動的に繋がる千景さんを経由せず、

 琢磨さんだけを介して、入手しなければならなかった。

 

 その、理由は。

 

 「……

  まぁ、いいか。

  乗りなよ。」

 

 「うんっ!」

 

 「っ……

  

  ほんと、とんでもないね。」

 

 ?


*


 ……やっぱり、か。

 

 「……

  きみ、これを知って、

  どうするつもり?」

 

 確かに。

 これは、俺のアキレス腱そのものだ。


 わかって、いた。

 最初から、まどかちゃんとは、

 結ばれる道筋は、存在しないのだと。


 ……。

 だめ、だ。


 ここまできて、

 弱気になんて、なれるわけがない。

 

 「たくまさんは、

  てだし、しづらいでしょ。」

 

 「……まぁ、ね。

  だけならまだしも、

  のパトロンがね。」


 だよ、なぁ。

 

 結局、夏の地下の出来事は、

 霧中のまま処理された。

 

 例の名無氏は獄中で自殺、

 稲田徹司は依願退職後に

 地下施設の麻薬栽培の事実はうやむやにされ、

 入口にあたる施設はひっそりと破壊されるか、

 土を埋めて閉鎖されている。


 そういう処理をするだけの力が、

 まだ、の側にある、ということで。

 

 「きみは分かると思うけれども、

  すべて返り討ちにしているのはコスト高なんだよ。

  さっさと妥協したいという動きも黛家の中にある。」

 

 だろう、なぁ。

 

 「ちかげさんはそのぎゃくがわ。」

 

 「うん。」

 

 「だから、まどかちゃんのいのちは、

  ねらわれている。」

  

 「っ!?」

 

 え。

 そこまで、思い至ってなかったってこと?

 

 「……

  そう、か。

  それなら、ぜんぶ。」

 

 ん?

 

 「いや、言ってはなんだが、

  黛家は、実業界の中ではお上品な家なんだよ。

  確かに戦前から事業をやっていたけれども、

  もともとは公家系だからね。」

 

 はぇ……。

 いろいろと筋金入りだなぁ。


 「合理的で、筋道に厳しい家だけど、

  敵方を物理的に処理するっていう発想はないんだ。

   

  ……

  ただ、それは

  あくまでも黛家の中の話であって

 

 「ちかげさんとぎゃくのたちばのいちぞくに、

  くみしているそとのれんちゅうは、

  ちがうかもしれない。」

 

 「そう、だ。

  ……

  

  !

  きみ、まさか。」

 

 そう、なんだよな。

 その可能性は、十分にあるわけで。

 

 「さっきのしりょう、みたでしょ?

  

  あのしせつのないそうをしたのは、

  いなだのいえ。

  

  そして、あのしせつのびひんちょうたつをして、

  おくすりのかいはつにたずさわっていたのは」

  

 「……冬月家。」

 

 そう。

 母さんの、実家。

 冬月勝俊の父、冬月権蔵。

 

 そして。

 母さんを勘当し、

 隙あらば死に追いやろうとしていたのが、

 この、

 

 「ふゆつき、まさかつ。

  ぼくのこせきじょうの。」

 

 (きみのうちなるちいさな敵に

  きをつけて)

 

 あれの意味が、やっと分かる。

 俺の、おじが、真の敵だと。

 

 そして、まどかちゃんの敵方に

 与している可能性が高い。


 それは、

 こいつらの手先が、まどかちゃんを


 「そっ、か。

  なる、ほどね。

  

  こっちにとっては、

  良かったわけだけどね。」

 

 ん? どうして?

 

 ……あぁ、

 まどかちゃんと俺を、適切に門前払いできるからか。

 孫の命を奪う敵方の親族を入れるわけはない。

 

 あれ、この資料、

 なんで、

 

 ぶーっ!

 

 え?

 

 「失礼。

 

  ……あぁ。」

 

 は?

 なんか、綺麗な顔が半笑いだけど。

 

 え゛


 『きいてるの、

  おとうさんっ!』

 

 そ、その声、

 ま、まどかちゃんっ!?

 

 「きみ、

  まどかに知らせなかったんだろ。

  

  三時間以上、音信を絶てば、

  まどかはこうやって探すだろうと、

  思わなかったのかい?」

 

 う、うわぁ……。

 そのうち、ガラケー、必携になっちゃうかもだな。

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