第57話


 「……。」

 

 あぁ、まどかちゃん、

 書棚の威圧感に圧倒されてるな。

 俺が最初に入った時と同じリアクションになってる。

 

 「……

  三人も来るなんて、

  想定してなかったからね。

  狭くて申し訳ない。」

 

 そう言って本の束を積み上げて

 スペースを広げようとしてるけど。

 

 「わ、わたし、

  やりますっ。」

 

 ……

 そう、なるよなぁ。

 

 ほんとは、二人とも

 連れて来たくはなかったんだけど。

 

 ……

 

 「ねぇ、おにーさん。」

 

 「なんだい?」

 

 「おにーさんって、

  ともゆきくんとかりんちゃんがいとこだって、

  しってたの?」

 

 「……

  いや、知らなかった。」

 

 ……

 嘘は、ついてない。

 息を吐くように嘘を付ける輩だったら分からないが、

 そういう奴は、大切な人を遠ざけようとはしまい。

 

 「そうなんだ。

  ぼく、かりんちゃんとともゆきくんは、

  とおもってるんだけど。」

 

 「……。」

 

 「あのちかに、

  おかねになるものがある。

  おにーさん、しってるんだよね。」

 

 「……。」

 

 「ともゆきくんに、おしえたりした?」

 

 「……

  それは、ない。

  絶対に、近づけないはずだ。」

 

 ……あぁ、

 語るに落ちるとはこのことか。

 

 「おにーさん、

  ともゆきくんのおとうさんが、

  はさんしたりゆう、しってるんだね。」

 

 「……。」

 

 だから、教えた。

 罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。

 

 ……

 いや、

 これ以上、聞かせられない。

 

 「まどかちゃん、

  文果ちゃんを連れて、車に戻っ

 

 「……

 

  僕が、悪いんだよ。

  すべて。」

 

 っ。

 手で、遮られた。

 

 「……

  そうだと、分かっていた。

  

  でも、

  育つはずがないものだった。」

 

 ……

 さっき、愛香から電話で聞いたことと、

 ぴったりと、繋がる。

 

 「……

  きっかけは、偶然だった。

  

  高校に入りたての時に迷い込んだ

  戦時中の防空壕の跡地は、

  予想よりも深く、奥に繋がっていた。


  種はもう、すべて水に浸かっていたから、

  育つはずはなかったんだ。」

 

 ……。

 

 「でも、たった一つだけ、

  小さなシャーレの中に入った種だけが、

  生きられそうだった。

  

  異郷の植物が、綺麗な花を咲かせることを、

  僕は、知っていた。

  

  数十年の間、眠っていた命を、

  僕の手で蘇らせることができるなら。」

 

 ……

 そう、か。

 

 この青年は、

 命を、生み出したかったんだ。

 自分に、許されないことを。

 

 「……

  綺麗、だった。

  

  闇の夜の中で、

  薄紅色の、鮮やかな花が咲いて。

  

  僕が、蘇らせた、

  闇の中のがらんどうに浮かんだ、

  たった一つの命。」

 

 ……。

 境遇が、重なった。

 そう、感じてしまったから。

 

 「そのまま、

  静かに、儚く、土に還るはずだった。


  ……

  でも。」

 

 「しられて、しまったんだね。

  よこしまなひとたちに。」

 

 誰だかは、特定はできてない。

 憶測レベルでは、二人までに絞られているが、

 それ以外の奴がいるかもしれない。

 

 「……。」

 

 「しょくぶつって、

  いっぱいたねをつくるもんね。

  ひまわりとか、そうでしょ?」

 

 「……

  あぁ。」


 繁殖、してしまった。

 存在してはいけないはずのものが。

 

 そう、いえば。


 「あのほんのしかけは、

  むかしからあるの?」

 

 「……

  そう、だ。」


 やっぱり、なぁ。


 「あのたねをかいはつしたのは、

  ふみかちゃんのおじいちゃん?」

 

 「!?」

 

 「……違う、と思う。

  彼は、あの場所を管理していただけだ。

  人に知られないままにね。」

 

 ……

 あぁ、そういうことか。

 

 「だから、ほんだなに、

  ほんのかぎがあったんだね。」

 

 「……

  ふふ。

  そう、だね。」

 

 あの爺が、あの家を、

 売りたくなかった理由の一つでもあるだろうな。


 でも、愛香に聞いていた話では、

 あの英語の本は、技術書であって、

 

 あ。

 

 あっ!?


 「わるいひとたちは、

  おじいちゃんのいえにある

  あのかぎをうばうために、ぬすみにはいったの?」

 

 「……っ!?

 

  ……

  そ、

  そう、か。」

 

 たったいま、気づいたって顔だな。

 つまり。

 

 「おにーさんは、

  さいきん、あそこにもぐったことは、

  ないんだね。」

 

 「……

  あぁ。」


 そして、

 いま、二十五歳だというなら。

 

 

  「もう、じこうだよねっ!」


 

 「……

  

  え。」

 

 「だって、

  おくすりのさいばいのじこうって、

  たしか、ななねんでしょ?」


 心底、考えたことないって顔してる。

 基本知識セットが文学系のみなのかもしれない。


 「それに、

  おにーさんはこうこうせいだったから、

  そのときにつかまっても、

  しょうねんほうのたいしょうだったとおもうよ?」

 

 「……。」


 ……

 正直に、驚いてる。

 まったく考えもしていなかった顔だ。

 性根が、めちゃくちゃに純粋なんだろうな。

 

 だいたい、花の種を栽培しただけだもんな。

 やったことは犯罪の構成要件を満たしてしまっているが、

 意図にはなんの罪もない。

 

 「おにーさんは、

  りこさんをしあわせにするのが、

  いちばんのつみほろぼしだとおもうよ?

 

  あ、

  あと、ぼくにもいろいろかってねー。

  まうんてんばいくいがいにも、

  いろいろあるんだから。」


 「……

  

  はは。

  

  ……

  

  はは、は。」

 

 罪の意識に怯えながら、

 抜け殻のように笑う姿は、

 まるで老人のよう。

 

 だめ、か。

 もう一押し、いる。


 でも、

 使えるカードは、

 たったいま、ぜんぶ、

 

 「……っ。」


 え。

 

 ……

 ふ、文果?

 

 「……

  もう、じゅうぶんなの。

  じゅうぶんすぎるくらい、

  直人さんは苦しんだ。


  だれも見てなくても、

  わたしは、見てたよ。」


 「……。」

  


  「直人さんが死んだら、

   わたしも、死ぬ。」

 


 っ。

 

 「!?」

 

 「わたしを死なせたくなかったら、

  わたしがいいっていうまで、

  生きてよっ。」


 ……

 

 はは。

 

 俺って、

 真心、ほんとないよなぁ。


 だって。

 これで、突破口が開いたって、

 思っちゃってるんだから。



 「ねぇ、おにーさん。

  もってるんだよ、ね?」


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