第6章①
第52話
「……千景さんから聞いたよ。」
接待用の個室持ってる身分ってのは、
こういう時、めっちゃ都合がいい。
出入りをチェックするのは役員秘書だけだし。
「……なんの偶然か分からないけど、
ちょうど、更新したばっかりなんだ。」
更新。
……
あぁ。
「あたらしいぎょうしゃさんに
しらべなおしてもらったんだね。」
「……ほんと、
きみの立場が羨ましいよ。」
!
「……
あぁ、大丈夫だよ。
うん。」
……あっぶねぇなぁ。
まどかちゃんにバレるような
ニュアンスのこと言いそうになってんるじゃねぇか。
琢磨さん、わりとこういうところあるよな。
「残念だが、お察しの通りだ。
ざっと眼を通しただけなんだが、
なかなか興味深いことが分かったよ。」
ん?
あ、付箋貼ってるトコを読めと。
特記事項から読むっていうのもなんだな。
うわ。
まどかちゃん、思いっきり覗き込んでる。
「いいの?」
8歳児にこんなもの見せて。
「……本当は見せたくないんだがね。」
あぁ。
止められないのか。
えーと?
……
あ。
「うん。
倉科美紀さんは双子なんだ。
5年前に、お姉さんの真紀さんを亡くしている。」
ふぅむ。
「で、花梨ちゃんだが、
3年生ではすっかりクラスの中心人物だね。」
あぁ。
それ以前はまどかちゃんに聞けばいいのか。
「学校外でも、風太君に連れられて
交友関係を広げているようだよ。」
ふうたくん?
「速水風太君。
まどかも知ってるよね。」
「……うん。」
ん?
まどかちゃん、ちょっと昏い顔になった。
「花梨ちゃんの従兄弟だよ。
そこにあるように、
花梨ちゃんの父、正樹さんは6人兄妹の三男。
風太君は、正樹さんの兄、速水和俊氏の長男だよ。」
うわ、ややこし。
この会社、系図めっちゃしっかり書いてるな。
って。
「養子ってこと?」
「うん。
速水製薬っていう、
中堅医薬品卸会社の創業家だね。」
あー。
まさに地方閨閥累々たる、か。
紋章学かな?
「で、風太君が、
花梨ちゃんを街の悪所に連れ歩いてる。」
「げーむせんたーとか?」
「あはは、そうだね。
そういうところだよ。」
ふぅむ。
親としては引き離したくてもできない事情がある、と。
……
え?
「たきがわ、ともゆき??」
「……あぁ。
滝川寛二氏の御子息だね。
可哀そうに。」
ん?
「寛二氏は幼い頃、
子どものいない滝川家に養子にいったんだが、
養子先の実母に虐められたようでね。」
っ!?
「おまけに滝川家は不動産取引に手を出して、
バブルの時に破産してしまったからね。」
……あぁ……。
「まどかに直接かかわっていないから、
詳しくは調べて貰っていないが、
あまり幸運な人生だったとは言えないようだ。」
知ってる。
とっても、よく。
でも。
「しゃちょうさんのおにいさんは、
たすけてはくれなかったの?」
やさぐれて、麻薬に手を出して、売人にまで落ちぶれて、
自殺するまでに追い込まれたのに。
「……
婿側は、立場が弱いんだよ。
そんなこと、言えなかったと思うよ。
せっかく良縁に恵まれてたのに、
迷惑だって思ってたかもしれない。」
……あぁ。
まぁ、そう思うか。
娘にしか株を分けてないかもしれないし。
「たくまさん、たいへんだもんね。」
黛家の婿だもの。
実感が篭り過ぎてたな。
「……はは。
僕は一人っ子だったからね。
ある意味ではよかったのかもしれない。」
そうだったのか。
って、一人っ子を婿へ出すって凄い話だな。
まぁ、黛家の係累ならありえるのか。
ぶーっ。
あ。
秘書さんからの呼び出し音か。
「……あとのことは、この資料にあるから。
まどかのこと、よろしく頼むよ。」
さすがに日中だもんな。
これ以上、時間は取れないわ。
「ありがとう、おとうさんっ!!」
うわ。
めっちゃ幸福な愛娘ビーム。
「っ!
……
まどかを危ない目に合わせたら。」
げ。
琢磨さん、人殺しの眼をしてる。
*
……。
いかな国産最高級車といっても、
後ろのシートに4人掛けはちょっときついな。
あぁ、でも、
振動、全然しないなぁ。
これなら資料を読めるわ。
つっても。
「……。」
「……。」
左にまどかちゃん。
右に文果。
この二人、
仲良くないんだよな。
……
さっきからずっと、
空気がピリピリしてんだよなぁ。
あ。
そう、いえば。
「なおとさんは、
ふみかちゃんのしんせきなの?」
「……
はとこ。」
あー。
爺の兄弟の孫、ってわけか。
「直人さんは、
花梨の、ぎりのいとこ。」
え?
そんなの、初耳なんだけど。
いや。
「それで、とおいしんせき、なんだ。」
「……そうよ。」
「ふみかちゃんって、
かりんちゃんのこと、むかしからしってたの?」
1・2年生の時、
コイツは俺と同じクラスだったはずだが。
「……知ったのは、ついさいきん。
林間学校のとき、
とつぜん、声を、かけられたの。」
……あぁ。
倉科花梨だもんな。
「……
聞かれたの。
あなたのことを。」
は?
「……
それと。」
それと?
「満明君?」
ぶっ!?
愛香、お前、
ミラーごしにじぃっと見てくるんじゃねぇよ。
「あはは、ごめんなさい。
もうすぐ着くわ。」
うわ、ほんとだ。
車、マジではぇぇなぁ……。
*
……
うーん、なんの変哲もないミドルクラスの一軒家だ。
うちと同じくらいかな?
春間家にとっては身分不相応な家だけど、
地元有数の大企業の基幹社員で
各種手当の額が半端ない倉科家にとっては標準ってことか。
……やばい、死にたい。
じゃ、なくて。
「まどかちゃん。」
「うんっ。」
「きたこと、あるの?」
「……いっかい、だけ。」
ん?
倉科花梨とまどかちゃんは
べったべたってわけでもなかったってことか?
「……かりんちゃん、
おそとであそぶのがすきだったから。」
あ、あぁ……。
って、まさか。
「まどかちゃん、
かりんちゃんといっしょにあそんでたんだ。」
「うんっ!」
……これ、か。
まどかちゃんの運動能力が高くなった理由の片鱗が見えた。
この時代、子供は携帯ゲームに夢中になって、
外で遊ぶ人が減るんだけどなぁ。
いや、そっちじゃなくて。
「まどかちゃん、
かりんちゃんのおかあさんのこと、しってる?」
「……うん。」
表情で分かる。
あんまり好感を持っていない。
困ったな。
家探ししないとなのに。
(花梨っ。
ちゃんと跡片付けしなさいっ!)
神経質そうな人なんだよなぁ。
(美紀さん、ちょっと、
追い詰められちゃってるみたいで。)
……ここは、あとまわ
「!」
ま、愛香、
お、お前っ!?
「どうしたの?
行くんでしょう?」
こ、コイツ、
繊細なのか、無神経なのか分からんな。
……よし。
覚悟、決めるか。
「まどかちゃん。」
「うんっ。」
「いっしょに、いくよっ。」
「!」
「!?」
「うんっ!!」
おっと。
「まなかちゃん。」
「!
な、なにかしら?」
「ふみかちゃんといっしょに、
このしりょう、よくよんでおいてくれるかな?」
詳細報告だけあって、大部なんだよな。
50ページくらいある。
「ないみつしりょうなので、
とりあつかいげんじゅうちゅういで。」
「……
ふふ。
分かったわ。
人数、少ないほうがいいのね?」
わかってんじゃねぇか。
あ。
さっき、踏み込もうとしたのは、
ただの、フリだったってことか。
「まなかちゃん、
きくばり、こまかいねっ。
かしこいっ!」
「……っ。
きみは、
周り、ちゃんと見るべきね?」
まわり?
!?
「……。」
「……。」
「………。」
な、なんで、美奈まで。
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