第43話


 「おじさんだったんだね。」

 

 例の県警の刑事。

 若いほうな。名前は知らない。

 

 コイツ、冷たい眼して、

 黒縁のうっすい眼鏡かけてるけど、

 容姿はシャープに整ってる。

 

 「……。」

 

 なんか、こっちをじろじろ見てる。

 いや、犯罪者じゃないんだどな。

 

 それ、ならっ。

 

 「まどかちゃんじゃなくて、

  ほんとは、まなかちゃんについてたの?」

 

 「……。」


 無反応、か。

 やべぇなコイツ。マジで強敵。

 琢磨さんとえらい違い。


 ええい。

 躊躇ってられるか。

 

 「ねぇ。


  おじさんって、

  けいじさんじゃなくて、

  けいびぶのひとなの?」

 

 「いや。」

 

 あ、これは違ったのか。

 

 「……。

  まぁ、いいだろう。

  どうやらきみは、そのへんの大人なんかよりも、

  ずぅっと、賢そうだ。

  

  僕の身分は、

  わかるね?」

 

 う、げ。

 コイツ、そういう意味のゲロやべぇやつだったのかよっ。


 え、なんで?

 

 い、いやっ。

 

 「うんっ。」

 

 イノセント、イノセントっ。


 「……

  ほんとかな。」


 「えへへぇ。」

 

 やばやばよけのごまかし笑い。

 スキルでもなんでもない。

 

 「……

  まぁ、今日はじゃない。

  さっきの件だ。」

 

 「うん。」

 

 「きみは、

  きみが護った娘が、

  どんな素性の子か、わかっているかい?」

 

 あぁ。

 愛香のことか。

 

 「めじろていえんのちかくにすんでる。」

 

 「……

  はは。

  しっかり知っていたわけか。」

 

 それしか知らんけどな。

 あとは、千景さんから聞いた話くらいか。

 

 「なら、いいだろう。

  さっきの殺人未遂犯は、

  の、義理の父親に当たる。」

 

 ……

 え゛

 そ、そんな間近だったとは。

 

 「快楽殺人犯、だな。

  眉目秀麗な幼女を自らの手で殺めることで、

  性的な快楽を得る。」

  

 !?


 (アドレナリンがふつふつと溢れてくる)


 うっ、げ……。

 マジもんのヤバさだったのかよ……。

 

 っていうか、それって、

 

 「既に一件、殺人を犯している。」

 

 !

 

 「彼女の、義理の姉だ。」


 っ!?!?


 な、

 なん、だと。

 

 「もっとも、

  ただの事故死という扱いだったがね。」

 

 なんだ、そりゃっ。

 

 あ。

 

 (緊急避難、って考えてたから)


 あ゛っ!?

 

 「……だから、にげてきたんだ。」

 

 「そうだ。

  誰にも信用されなかったようだからな。」

 

 ……

 なんて、ことだ。

 こんなの、想像つくわけねぇだろっ。

 

 「彼女は、たったひとりで戦っていた。

  こっちの警察を動かすためにね。」

 

 ……

 あぁ。

 

 そういうこと、か。

 つまり。

 

 「さそいこんだんだね。」

 

 自分の小さな四肢を、犠牲にして。

 でなきゃ、いかにあの男が狂ってたとしても

 日中のホールで凶行に及ぶわけはない。


 「そう、なる。

 

  ……

  なんとも、情けない話だがな。」


 (と、手古摺らせてくれたようだけど)


 で、釣った。

 その、代償は。

 

 「彼女は、死ぬ気だったようだよ。


  地元選出の国会議員の目の前で、

  自分が殺されれば、

  さすがに家の者も認めざるを得ないだろうと。」

 

 ……

 いのちがけの復讐。


 ……

 そんな、ことの、ために。

 

 ……

 いや。

 

 「とむらいがっせん。」

 

 肉親、の。

 報われずに死んだ姉の。

 自分だけに誓った悲痛な誓約を果たすために、たった一人で。

 

 「……

  そう、だな。

  そういうことを、考えていたんだろうな。

  あの小さな胸の中に。」

 

 ……

 

 だから。

 

 (……なにが、おかしいの)


 ひとを、よせつけられずに。

 

 (きみが犯罪者の肩を持つなんて)

 

 犯罪と、犯罪を犯す奴に、

 それを認めない周りの人間たちに、

 持て余すほどの深い憎しみを抱えて。


 ……あぁ。

  

 (……っ。

  き、君、どうして。)


 あの時、どうして、

 あんなに動揺していたのか。


 (……なに、よ。)


 あの時、どうして、

 あんなにも頑なに生理をひた隠しにしたのか。


 それも、


 「さて、仕事だ。

  事情聴取をするよ。

  

  最初に言っておくけれど、

  あの地下通路はまだ、捜査中でね。」

 

 ん?


 あぁ。

 そっち、か。

 

 「ずいぶんじかん、かかってるね?」

 

 もう二か月は経つけど。

 

 「……

  手続きがね、いろいろあるんだよ。

  でもあるしね。」

 

 ふぅむ。

 絶対的になんか、隠してやがるな。

 

 (どうやら、滝川さんは、

  地下を調べていたようです。)

 

 滝川父も、麻薬販売の件があって、

 警察を頼れず、孤独と煩悶の中で、

 それでも、なにかを掴もうとして。

 

 「……

 

  誓って言うが、隠蔽しているわけではない。

  そこは信じて欲しい。」

 

 ……。

 

 「さ、そっちではなく、

  今日のことを、詳しく聞かせてくれるかな。」

 

 あ、あぁ…。


*


 ……

 やれやれ、大変な一日だった。

 

 あ゛。

 この貸衣装、返せないじゃん。

 

 う、わ。

 これ、10万はしないよな?

 さすがに縫って済ませるってのは無理よなあ。


 「あら、終わったの?」

 

 ……

 あぁ。


 「んだね、まなかちゃん。」


 「!

 


  ……そう、ね。」

 

 「すごいね。

  しゅうねんだねっ。」


 掛値なく、尊敬に値する。

 その決断に、その行動力に。

 なによりも、深すぎる苦悶と悲哀に。

 

 「……

 


  うん。

  そう、よ。」

 

 ……

 あぁ。

 なんて哀しく、なんと気高い微笑なんだろう。

 

 前世のコイツは、

 実家に戻された後、殺されてたのかもしれない。

 そして、事故死という形で処理されていたのだろう。

 

 あの頃のまどかちゃんは、感情がない。

 同学年だという理由だけでは、黛家は動かない。

 そうなれば、コイツは警察へ繋がる糸口を掴めず、

 遠縁なだけの大叔母様を説得できたとは思えない。


 (半分、冗談よ。

 

  それでね。

  皐月愛香さんだけど。

  

  ご一族のどなたかから、

  身を狙われているかもしれないそうよ)


 千景さんのこの情報がなければ、

 愛香を背中に隠せはしなかったろうし、

 すぐ応戦準備もできなかった。


 そもそも、東京の側には、

 もいたようだから。


 ……

 なんておもったいものを背負っちまってたんだよ。


 ありえるはずがないことに遭遇し、

 恐怖を内に宿し続けた挙句、ただの一人にも理解されずに、

 たった8歳の生涯を、義理の父に殺害されて終えるなんて。

  

 しかも、

 ただの、偶然の事故死として。


 ……

 ことばが、でない。

 なにも、かもが、おぞましすぎる。



 で、も。


 どうあれ、では、この件は明るみに出た。

 愛香を見捨てた奴らはもとより、

 積極的に殺そうとした連中すらも、

 、黙っていることだろう。


 少なくとも、当分の間は。

 

 それ、なら。

 

 「ばかんすは、おわり?」

 

 「!」

 

 コイツは、目白庭園に帰る。

 もともと緊急避難だったわけだし、

 こっちにいる理由も、なくなったはずだ。

 

 「……

  ふふ。

  

  そう、ね。

  そう、なるわね。」

 

 そっか。

 

 「……

  ねぇ、満明君。」

 

 「うん。」

 

 「私、死ねなかったよ。」

 

 ……

 さらっと、なんてことを。

 

 まぁ、

 そう、なるわな。

 

 義理の父親が変態的殺人鬼で、

 しかも、警察を騙しおおせるほどの狡猾さだった。

 

 あの眼は、

 まぎれもなく死相だった。

 コイツは、本当に、死を、覚悟してたんだ。

 

 でも。

 

 「いきるのも、わるくないよ?」

 

 いっぺん死んだいまになれば、

 それは、わかる。


 死は、安らぎにも、憩いにもならない。

 ただ、情け容赦なく、いのちを奪い去るだけなのだと。

 

 「……

  でも、きみは、

  命を、晒したじゃない。

  

  きみが死んだらどうするの?

  哀しむ人、いっぱいいるじゃない。

  

  私なん

 

 「いるよ。」

 

 「……。」

 

 「ここに、いるよ。

  せかいのだれもかなしまなかったとしても、

  ぼくは、まなかちゃんに、しんでほしくない。」

 

 「……。

  で、も。

  きみ、は。

  


  ……

  ううん。

  


  ……

  

  

  そう、ね。

  バカンスは、終わり。

  

  でしょ?」

 

 哀しそうに笑う愛香の背負っているものは、

 誰にも分かち合えそうにないことで。

 

 「……あ。」

 

 ……

 あれが、大叔母様、か。

 

 なる、ほど。

 貫禄があるなぁ。

 あの白い帯だけでマウンテンバイク5台は買えそうだわ。

 

 「……

  

  満明、くん。」

 

 「うんっ。」

 

 

 

  「ありがとうっ!」

 

 

 

 っ。

 

 い、いま、

 めっちゃ、キラっとしたぞ。


 薄く、流していた涙が、

 シャンデリアに反射したけど、

 それだけじゃ、なくて。

 

 ……


 そりゃ、そうか。

 、だもんなぁ。

 殺したくなる奴の立場もわからんでもないわ。


 でも。

 

 「うんっ!!

  いつでも、もどってきてねっ。」

 

 そんなの、関係あるかっ。

 

 「……。」

 

 愛香は、一度、くるっと振り向いて大きく笑うと、

 そのまま、大叔母様の側に向かっていく。

 

 大叔母様は、愛香に、

 二言、告げると、

 そのまま

 

 !

 

 あ、

 あの婆、こっち、見てやがる。

 

 ええいっ。

 

 「!」

 

 ぴっかーショタスマイル攻撃っ!


 「……。」

 

 あれ。

 年上に効くんじゃなかったっけ。


 ……そういや、

 文果んところの爺にもあんまりだったな。

 年齢上限でもあるのか?

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