第40話


 「!?」

 

 はは。

 めっちゃ効くな、これ。

 

 「……

  その、君、

  ずっと、その茂みの中に?」

 

 「うんっ!」

 

 もうちょっと高くなったら、

 この方法はキツいわな。

 

 「君は、確か、

  春間満明くん、だったね。」


 お、さすが文学青年。

 記憶力はしっかりしてる。

 

 「うんっ!

  おにーさん、えらいねっ。」

 

 ごほうびにショタスマイルⅠ号をしんぜようっ。

 

 「……はは。

  君みたいな勇者を忘れることはないよ。

  入るかい?」

 

 「うんっ!」

 

 ちゃんとした鍵だったもんだから、

 家の中に入れなかったんだよね。

 汗と土で汚れてても苦情を言われないっていうのは、

 小学生の特権よな。


*


 ……

 うっわ。

 

 とんでもねぇ書棚だ。

 ざっとみて5000冊くらいはあるんじゃねぇか。

 ほんとの蔵書家だなぁ。

 

 つっても、そのほとんどは文庫本だ。

 稀覯書を無駄に蒐集する悪趣味があるわけじゃなさそうだ。

 

 「足の踏み場くらいはあるからね。

  珈琲でも淹れる?」

 

 「じゅーすがいいっ!」

 

 「……はは。

  きみは、こどもだったね。」

 

 「そうだよっ!」

 

 たぶん、文果とかは、

 無理に珈琲とか飲んでたタイプだな。

 めっちゃ苦かったろうに。

 

 「……生憎とジュース類はないようだ。

  済まないね。」

 

 ないのか。

 ということは、あのふたりの他に子どもは訪れてない。

 ……友行は文果に逆らえなそうだなぁ。

 

 「ううんっ。

  ありがとうっ。

  お水でいいよっ!」

 

 「はは。

  わかった。」

 

 ……

 

 にしても、すげぇ蔵書だなぁ。

 圧迫感が凄まじい。

 震災来たらめしゃって潰れるな。

 

 ……

 

 この部屋、

 なんか、妙に既視感があるんだよな。

 どこかで見たような

 

 おっと。

 

 ……あぁ。

 これ、珈琲を淹れる時用の。

 

 「すいどうすいじゃないんだね。」

 

 「……あぁ。

  塩素が合わなくてね。」

 

 うわ。

 リアルに文学青年だな、この人。

 生活力なさそう。

 

 ……。

 よし。

 

 「ねぇ、おにーさん。」

 

 「なんだい?」

 

 「おにーさんって、

  なにをしてはたらいてるの?」

 

 「……。」

 

 あ、固まった。

 やべぇ、生粋のニートだったらどうしよう。

 

 「……。」

 

 プリイノⅠ号バージョンアップっ。

 無邪気で興味津々、

 にっこにこワクワクな顔で詰め寄ってみる。

 両目ピッカピカ。

 

 「……

  そう、だね。

  働いては、いないかな。」

 

 やっぱりニートか。

 それ、ならっ。

 

 「そうなんだぁ。

  すごいねっ。」

 

 「……すごい、のかい?」

 

 「うん。

  だって、はたらかなくていいなんて、

  いっちばんいいじゃない。

  

  ぼくのおとーさんなんて、

  はたらきすぎて、じさつしそうになったんだから。」

 

 「……

  そう、か。」

 

 「うんっ!

  ねー、だったら、どうやっていきてるの?

  おじーちゃんみたいに、いさんとか?」

 

 「……

  まちがってはいないね。」

 

 「そっかぁっ。」

 

 マジ羨ましい。

 血涙が流れそう。

 

 い、いかんいかん。

 溢れ出る嫉妬は堰止めとかないと。

 イノセント、イノセント。

 

 「りこさんが、

  はたらいてても、だめなの?」

 

 「っ。」

 

 あ。

 ちょっと、動揺した。

 

 「ねぇ。」

 

 「……。」

 

 「おにーさん、

  なにか、びょうきなんじゃないの?」

 

 「っ!」

 

 ……

 やっぱり、か。

 

 社会不適合者っぽく見えるけど、

 受け答え、めっちゃ正常なんだよな。


 なんていうか、達観しすぎてる。

 20代なのに、もう70代の眼をしている。

 

 「いでんせいのあるびょうきだから、

  しそんをのこしたくない。

  そんなかんじ?」

 

 「……どう、して。」

 

 医者にめっちゃ詳しかったってのもあるけれど、

 それよりも。

 

 「ふみかちゃんの、

  よんでたほんだよっ。」

  

 「!」

 

 文果の読んでいた哲学書は、

 ほぼすべて、人の絶望を探求するものばかりだった。

 そんなもの、小学校低学年の文果が選べるわけがない。

 

 「……。」

 

 あぁ。

 

 文果は、ほんとうに、

 この青年の絶望を、分け合っていた。

 分け合っていたかったんだ。

 

 ……もちろん容姿も込みだろうけれどな。

 30の頃の昏いゴミ屋敷の中でスマホゲーしてる俺がココにいたって、

 微塵も絵になるわけがない。

 

 ……はは。

 美しい絶望にもカネがいるってわけか。

 

 おっと。

 勝手に落ち込むことの意味のなさは分かってる。

 なにしろ、いっぺん死んでるからな。

 

 「ねぇ、おにーさん。」

 

 「……なんだい。」

 

 「ほんだけよんでるだけじゃ、

  さみしいんじゃないの?」

 

 「……そんな、ことは。」

 

 「だって、おにーさん、

  もう、ひとはだをしってるよ?」

 

 「っ。」

 

 「きゅるけごーるなんて、

  せいじつなれんあいからにげた

  すっごくかっこわるいおとこだとおもわない?」

 

 「……はは。

  全世界の哲学者が怒り出しそうだね。」

 

 「うん。

  おじさんたちのねっ。」

 

 「……。」

 

 でも、

 それだけじゃなさそうなんだよなぁ。

 

 なにか、ひっかかってる。

 この青年が、命を閉ざしてまで、

 

 「なにを、かくしてるの?」

 

 「っ!?」

 

 ……やっぱり、か。

 なにを隠してるかは知らんけどっ。

 

 「あのね、おにーさん。」

 

 「……。」

 

 「まきこんで、いいんだよ。

  だって、すきなひとには、まきこまれたい璃子の意向確認済んだから。」

 

 「……

  それは。」

 

 「むせきにんじゃないよ。

  きずをつけながらいきたほうが、

  しんでいるようなひびよりも、

  ずっといいんだよ。」

 

 「……。」

 

 あ。

 そう、か。


 だっ、たら。 


 「ねぇ、おにーさん。」

 

 「……。」

 

 「しんじゃうんだったら、

  ぼくのいうこときいてよ。」

 

 「……?」

 

 「ぼくねー、

  じてんしゃがほしいんだよねー。」

 

 「……

  それは、かまわないが。」

 

 ち、ちょろぉっ!!

 やっぱコイツ、めっちゃカネ持ってるんじゃねぇか。

 

 まぁ、そうよなぁ。

 この蔵書、うなるほどあるんだもの。


 あるところにはカネはある。

 それを僻まなければいいだけのこと。

 いっぺん死んでりゃ、そういう割り切りだってできる。

 

 「えへへぇ。」

 

 「……。」

 

 だから、

 こんな、

 とんでもない変化球を、投げられる。

 

 「だからね、おにーさん。

  ?」

 

 「……。

  それは、

  きみの金づるとして、かい?」

 

 「うんっ!」

 

 バーターなら、タカれる。

 ギブアンドテイクが、、成り立っているなら。

 

 「……


  はは。

  怒っていいのか、諭すべきなのか、

  僕には、わからないな。」

 

 「それがぼくにいえるようになったら、

  おにーさんは、きっと、いきていられるよ。

  いいんだよ、しそんなんてつくらなくても。」

 

 「っ!?」

 

 ……やっぱり、それなのか。

 この部屋、性欲的なものがなにもないんだよな。

 〇ンドー〇どころか、ティッシュひとつありゃしない。

 


 (ね、

  



 ……

 それ、でも。


 「おんなのひとも、

  こどもをもつだけが、

  しあわせじゃないんだよ。

  

  いいんだよ。むせきにんにいきて。

  おにーさんは、もうじゅうぶん、くるしんだんだから。」

 

 「……。」

 

 「それにさぁ、

  ひとはだがこいしくてしょうがないんでしょ?」

  

 「っ!」

 

 ……はは。

 達観してみたところで、

 そこんところは逆らえないもんなんだよ。

 にんげんだもの。

 

 「……。


  わかったよ。

  きみの無鉄砲な勇気に免じて、

  ほんの少しだけ、考えてみよう。」

 

 「やったぁっ。

  じてんしゃ、よろしくねっ!

  あ、かっるいさいしんのまうんてんばいくがいいなっ!!」

 

 切実になっ!

 ほんとは電チャリなんだけど、さすがに高すぎるんだよっ。

 

 「……

  きみは、

  ほんとうに、なにもの、なんだ。」

 

 ふふんっ。

 

 「はるまみつあきっ。

  ただの小学校3年生さっ。」

 

 ひさびさ決めたぜっ!

 

 ……

 あ。

 

 わらっ、た。

 

 なんか、泣きそうな笑い方で、

 文果にそっくりで。

 でも、消えゆくものの笑い方ではなくて。


 この退廃的な青年は、

 まだ、なにかを隠してる。

 深く、抉られるような、

 と、を。


 でも。

 いまは、まだ。

 

 これで、いい。

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