第4章

第38話


 ……

 

 んぁ。

 

 よく、寝た。

 

 夏の真昼間にぐっすり寝られるってのは、

 児童生徒の特権だよなぁ。


 夏休みの宿題のうち、

 ドリル系はその日のうちに退治した。

 日記案件は気象庁の支局に聞けばいい。


 自由研究はそれっぽいものをでっちあげる。

 成績に無関係だし、そもそも小学校の成績など、

 将来を何一つ拘束しない。

 

 ……っていう割り切りができてればなぁ。

 まぁ、無理か。分かりようがないもんな。

 

 ……。

 

 幸せそうだなぁ。

 くっぷりと満ち足りた寝顔を浮かべている。

 

 俺の部屋にクーラーなんぞないので、

 まどかちゃんを部屋に置いておけない。


 なので、宿題が終わった後も、

 まどかちゃんの部屋から出られない。

 

 ……まぁ、リビングのクーラー

 つけっぱにしても別にいいんだけど、

 電気代のロールオーバーを考えると、

 ちょっと気が引ける。

 

 つっても、たかだか月額千数百円そこらなんだが、

 マネタイズできない身としては

 

 ……ぐっ。

 

 し、しっかり、

 手の指を握ってきてるな。

 

 ……

 あぁ。

 

 ちょっと、苦しそうに眉を歪めてる。

 たまに、こういう顔するんだよな、まどかちゃん。

 

 ……。

 

 さらさらした指通りの良い髪を

 そっと、撫でてあげると、

 満ち足りた笑顔に戻る。


 ……。

 

 いや。


 行かないとなんだよな。

 千景さんに呼ばれてるし。

 

 このまま寝顔を見ていたいんだけど、

 そっと、外に

 

 っ!?

 

 い、いま、ぐわっと引っ張られたぞ。

 なんていうか、まどかちゃん、

 腕の力、かなり強くなってる。

 こっちは脚力しか鍛えてないもんだから。

 

 ど、どんな習い事してるんだ?

 千景さんが、肩に入れ墨してるところに

 預けるわけはないんだけど。

 

 こ、こんどこそ、だっ

 

 ぶっ!?

 

 め、めっちゃ引っ張られて

 


  「まどか。」


 

 !

 ち、ちかげさんっ!?

 

 「!?」

 

 「寝たふりをするのはおやめなさい。」

 

 「!

 

  ……

  

  う、うん……。」


 ね、寝たフリしてたのかよっ。

 

 ……

 ってか、鍵、つけらんないのは、

 変わってないのね……。


*


 「入選、しちゃったのよね。」

 

 は?

 

 「だから、

  まどかが描いた絵よ。」

 

 え?

 いや、だって。

 

 「美大出身の先生が、

  まどかの絵に眼を止めたらしくてね。

  勝手に出したんだそうよ。」

 

 う、わぁ。


 「今年赴任した先生らしいから、

  まどかのことをよく知らなかったみたいなの。」


 ……まさか、

 諭旨免職になった岩瀬朋子の後任人事だったんじゃ。

 これ、ふつう聞くことじゃないけど。

 

 「じたいはしないんだ。」

 

 「……意外ね。

  きみは、まどかが賞されるのを喜ぶほうかと。」

 

 「うん。

  でも、ちかげさんのきもちも、すごくわかる。

  まどかちゃんがいきているほうが、

  ずっとたいせつだから。」

 

 「……

  

  そのわりには。」

 

 ん?

 

 「なんでもないわ。

  ……正直、少しだけ面倒なのよ。」

 

 ?

 

 「政治家が絡んでる。

  授賞式に来るのよ。」

 

 う、わ。

 

 「いま、あの人たちは苗を撒く時地元選挙対策なのよね。

  ちょうど、そういう時期に絡んじゃったってわけ。」

 

 ……めんどくせぇなぁぁぁっ。

 

 「……そうなのよね。

  はっきり身の危険があるっていうなら、

  そんなの微塵も気にもしないんだけど。」

 

 ……あぁ。

 

 「たくまさんに、きをつかってるの?」

 

 「……

  ほんと、そういうことだけは、

  察しが良すぎるわね。」

 

 いや、本人から話を聞いてただけなんだけど。

 

 「……

  ま、いいわ。

  いまにはじまったわけじゃないし。

  

  あぁ、そうそう。」

 

 ん?

 

 「……これを、きみに伝えるべきかどうかは、

  悩ましいところなのよね。」


 なんだろう。

 千景さん、妙に昏い顔をしてるけど。

 

 「……

  ねぇ、満明君。」

 

 問いかけるような顔だ。

 珍しい。

 

 「なぁに?」

 

 「……その、まどか、

  皐月愛香さんのこと、

  どう思ってるの?」

 

 は?

 

 え、

 えぇ??

 

 ……。

 

 話しかけられては赤い顔してたし、

 別に拒否もしてないし。

 えーと。

 

 「ともだち?」

 

 かな?

 なんか、違うかもだけど。

 

 「……

  きみ、墓石を買っておいたほうがいいわね。」

 

 なっ。

 

 「半分、冗談よ。

 

  それでね。

  皐月愛香さんのことだけど。」


*


 ……

 なるほど、なぁ。

 そりゃ、真理せんせも言いよどむわけだよ。

 

 ……どうしたもんだろうなぁ。


 こっちから話しかけても、

 アイツは絶対に隠すだろうし。

 そもそも、夏休み中

 

 って。

 

 「まどかちゃん?」

 

 広い廊下の真ん中に立ってる。

 起きたのか。

 

 「……

  いな、かった。」

 

 あ、あぁ……

 

 っ!?

 

 ひ、引っ張られるっ。

 

 「へや、もどるのっ!

  なつやすみ、いっぱいあそんでくれるんでしょっ。」

 

 わ、わかったってば。

 あそぶあそぶあそぶから。

 

 「ずっと、ずっと、ずっとずっと

  がまんしてたんだからねっ。」

 

 ……

 なぁ、いろいろ。

 

 よしっ。

 

 「いいよっ!

  いっぱいあそぼうねっ!」

 

 「っ!?

 

  ……

  う、うんっ!!」

 

 ふわぁっと、つぼみが花開くような笑みだ。

 心ごと持ってかれるような。


 ……まどかちゃんとは、

 どんなに長く見ても、小学校終わりまで。

 いい思い出になってくれるといい

 

 っ。

 

 ほ、ほんと強いな。

 引っ張る腕の力が。

 満面の笑みなんで、抵抗しようがないんだけど。

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