第36話
ふぅ。
重要参考人から釈放されたらしい
葦原佳純の英語塾は、無事に再開したようだ。
さすがにあの借家は引き払ったらしいけど。
生徒、ちゃんとつくのかと思ったけど、
まどかちゃんが通っているのを見て、
元の生徒達はそれほど混乱なく戻っている。
この頃の田舎っていろいろすげぇな。
……にしても、いろいろ謎めいた事件だよな。
そもそも、あの物件は誰が所有していて、
誰が葦原佳純に貸したのか。
……登記簿でも見たほうがいいのかなぁ。
あれ、めんどくさいんだよな。
まして今なんて、まだ電子化
……
あ、れ?
……
あの靴、間違い、ない。
こんな夕方に街ほっつき歩いてるなんて、
でも、どうして。
あいつ、
……
オフホワイトのフードなんて被ってやがる。
普段のコーデと全然違うから、
気づくこともないと思ってるだろうが。
……
駅前通りを抜けたな。
二つだけある大きなデパートに入ってったぞ。
……
慎重、追跡。
これはいわゆる、デパ地下ってやつな。
東京ほどじゃないけど、結構高い総菜が出てて、
田舎にしては、かなり感度が高い。
バイヤーができる人なんだろうな。
そういえば、ココは俺が死ぬ前までちゃんと残ってた。
もう片方のほうは潰れちまったんだけど。
……
そこそこ混んでるなぁ。
まぁ、動けるくらいではあるけど。
ん?
……
なん、だ。
「わしょくにあきたの?」
「!?
…っ!!」
「えへへぇ。」
ひさびさにコイツを出し抜いたわ。
なんか、気分がいい。
「……っ。
き、君、どうして。」
言うまでもなく、皐月愛香。
隙なく変装したつもりでいたろうが。
「くつだよ。
こないだのえんそくのときと、
おなじすにーかーだもん。」
「っ!?」
なんだよ、なぁ。
コイツ、わりとこういうところあるんだよな。
完璧そうに見えて、ちょっとだけヌケてる。
「……ぅくっ。」
マジでショックらしいな。
っていうか、そのパーカーの生地、めっちゃ高いんだろうなぁ。
つるっとして、毛玉一つついてねぇもん。
「……。」
ん?
なんか、考えてる。
「……いい、わ。
どうせなら、満明くんも巻き込んでやるから。」
は?
*
うっわ。
まぁまぁいい部屋じゃん。
そこそこの高級マンションって感じ。
「……貴方ひとりだったんじゃないの?」
「そのつもりだったんですけれど、
どうせ、彼も知りたいでしょうから。」
奈良橋真理せんせ。
っていうか、パジャマなのかよ。
なんならちょっと薄手だし。
「私、部屋着がパジャマなの。
合理的でしょ?」
そりゃまぁ、そうだけど。
「春間君が来るって分かってたら、
ジャージを着たわ。」
それでもジャージかよ。
なんていうか、部屋ん中ではめっちゃくだけてるなぁ。
髪をほどいてるから、学校内よりも、女性っぽさがある。
ちょっと若く見えるくらいに。
う、わ。
皐月の奴、さっきのデパ地下土産、しっかり配ってやがる。
絶対8歳児のセンスじゃねぇな。
「ありがとう。
これ、直営店のやつよね。」
「ええ。
この街、思ったより感度がいいみたいで助かります。」
「耳が早いわ。
流石ね。」
「ありがとうございます。」
なにこの会話。
30代前半の都内住みOL同士にしかみえんな。
「それで、と。
羽村先生のこと、だったかしら。」
あ。
「ええ。
お休みのところ、申し訳ありませんが。」
「ふふ。
ほんと、しっかりしてるわね。
さすが……
ふふ、言わないわよ。」
な、なんだっ?
なんか、変な緊張感が走ったけど。
「話してみたら、拍子抜けする内容よ。
羽村先生、子どもの頃、
女子と手を繋ぐ機会がなかったんですって。」
は?
「だから、
幼い頃の良い思い出になれば、って考えただけ。
本当にそれだけよ。」
な、なんだそりゃ……。
「……本当に?」
皐月でなくても疑うわ。
心底脱力しかけてる。
「羽村先生は、ね。」
ん?
「残りの男子の先生が、全員賛成だったのが、
気になってるのよね。」
……。
「特に、東郷先生。」
ん?
「彼なんて、体育大学出身だし、
そんなフシダラナこと、とか、
引率上の支障が、とか言いそうなのに、
一も二もなく賛成してたのよ。」
……。
「それくらいね。」
それくらい、ねぇ。
「先生は反対されなかったんですか?」
いい質問だな、皐月。
「あの場で反対しても、
あまり意味はないと思ったわ。
男性二人までなら正論で戦えるけど。」
あぁ……。
なるほど、なぁ。
強いし、冷静だし、先々も見てる。
ほんと、よくできた人だよなぁ。
「はっきり言うと、
私は、引率がしっかり廻って、
怪我無く追われれば、それで良かった。
それに。」
それに?
「貴方や黛さんの横にずっといられる男子なんて、
いるわけないもの。」
……ん?
「私の隣にいた子は、
私には関心がなさそうでしたが。」
「臼井君?
ありえないわ。
ふふ。
ま、そういうわけ。
いまのところ、ね。」
いまのところ、か。
「もちろん、私も黛さんの誘拐事件は知ってるわ。」
っ。
「だから、私なりに、
アンテナは張ってるつもりよ?」
「あ、ありがとうございますっ。」
「?
なんで君が頭を下げるの?」
えっ。
「満明君、隣に住んでる幼馴染ですから。
保護者を気取ってるんですよ。」
ぐっ。
皐月、お前、
っていうか、気取ってるってなんだよ。
「そう……。
いるわね、こういう無神経なオトコ。」
ぐわっ。
せ、せんせ、生徒に向かってなんてこと。
「ふふ。ウソよ。
ちょっと揶揄っただけよ?」
う、げ。
めっちゃ手ごわいな、真理せんせ。
「椎葉先生からもお願いされてるし、
私の側でも、できる限りのことはするつもり。
これでいいかしら。」
あぁ、
前校長が、しっかり手を廻してくれてる。
ありがたすぎるな。
なら。
「せんせ、ありがとうっ!」
最大限のショタスマイル。
最近、効果、あんまりないんだけど。
「……っ。」
「……
きみ、
ほんと、なんなの。」
だから、どういう意味だよ。
同世代には効果ないんだろうが。
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