第35話


 ……

 でき、た。

 

 さっすが8歳児。

 頭の回転の速さが違う。

 脳の中のゴミが少ないもんだから。

 

 千景さんの使いって、琢磨さんかなぁ。

 まぁ、土日挟めてほんとよかった。

 月曜振休にして休みたい。マジでそうしようかな。


 「……本当に、これで。」

 

 まぁ、泥縄で、詰める必要あるけど。

 琢磨さん次第よなぁ。

 

 それより。

 

 「やくそくは、ちゃんと、はたしてね?」

 

 もし、裏切るなら、

 その時は、覚悟を決める。

 

 「……わかった。

  俺は、死んだんだからな。」

 

 ふふ。

 

 「いいかおしてるよ、おじさんっ。」

 

 「……

  ふん。」

 

 性格破綻者の骨の鑑定師と成り行きでデキ婚した

 連邦捜査官みたいな顔してるなぁ。

 鰓がちょっと張ってるけど、目力が強い。

 

 まぁ、千景さんが落ちてくれないと話にならないし、

 仮に千景さんが落ちてくれても、

 そううまくいくかはわからない。

 

 でも、

 やらなければ、ガソリンバーベキュー自殺するだけだから、

 それなら、やるだけのこと。

 

 あ。

 や、やっべ。

 

 い、

 いま、がくんって。

 

 「!

  お、おいっ!?」


*

 

 「……ぁ。」

 

 「ふふ、起きたのね。」

 

 ここ、は……。


 あぁ。

 まどかちゃんの部屋の

 ベットの上、か。

 

 こっち、寝るの、はじめてっていうか、

 なに、このマットレスのフワフワ感。

 天国の雲の上で寝てるような

 

 「それ、まどかのベットよ?」

 

 げ。

 い、いいのかな。

 

 「ちゃんと替えてるわ。

  心配しないで?」

 

 そ、それならいいのか。

 いや、いいのか?

 

 「君の部屋でべったんって寝てるみたいだし、

  いまさらよ?」

 

 うわ、ちゃんと報告入ってる。

 母さんか、まどかちゃんか。

 

 「ま、いいわ。

  琢磨君がいま、内容を精査してる。

  たぶん、君の提案通りに話が進むわ。」

 

 よかっ、た。

 

 「たくまさんがした、ってことになるんだよね?」

 

 「そりゃぁそうよ。

  経営再建計画債務と株式の交換なんて、8歳児が建てられるわけないでしょ。」

 

 ……そう、だよなぁ。

 あれは、クソ会社を立て直す常道なんだけど、

 この頃だとスキームが確立されたばっかりくらいなんだよな。


 会社更生法の条文やら判例やらをほぼ思い出しちまった。

 つっても、加除式の逆で、この頃にまだ出てない判例

 

 「ふふ、

  まどかには、だまっておいてあげるわ。」

 

 そうしてください。

 っていうか、ですね。

 

 「あぁ。

  君のことなら、友加里さんから聞いてるわ。」

 

 げ。

 そ、そっか。

 情報が入らないわけ、ないのか。

 

 「大丈夫よ。

  琢磨君も、口は堅いほうよ。

  それに、なにも得しないしね。」

 

 ……もしか、して。

 

 「そうよ?

  8に、じゃない。」

 

 ……はは。

 なんだよ、それ。

 いいのか、悪いのか、わかりゃしない。

 

 「詮索したって、いいことなんてないわ。

  それに、私も、科学で説明できない不思議なものなら

  そこそこ見てきてるのよ。」

 

 は?

 

 「『芸術とは、真実を我々に教えてくれる嘘である』」

 

 ……あぁ。

 キュビズムの大家の戯言か。

 

 「ふふ。

  だから、私はそういうことは気にしないの。

  むしろ、気にしてるのは、

  ずっとのほうの話ね。」

 

 なんのこっちゃ。

 

 「……4、ねぇ。」

 

 ん?

 

 「琢磨くんね、

  大学の時、ベットの中で

  ナイフ、10センチくらいおなかに刺されたことあるのよ?

  シーツに血がべっとり流れて固まっちゃって、鉄臭くて大変だったわ。」

 

 げ。

 な、なんだそりゃ。

 っていうか、描写がリアルじゃねぇか。 


 「優しすぎるっていうのは、身を亡ぼすのよ。

  せいぜい気をつけなさい。」

  

 う、うわ。

 眼がぜんぜん笑ってねぇぞっ。


*


 せーのっ。

 

 「!?」

 

 ははは。

 クラッカーって、顔に向けるとびびるんだよな。

 

 「おとーさん、おっめでとーっ!!」

 

 正直、複雑なんだけどな。

 琢磨さんの会社に中途入社したほうが、

 絶対に待遇はよかったろうし、休暇も取り放題だし。

 

 でも。

 会社が残ってしまうなら、

 オトコの中のオトコ、春間孝明は、

 絶対に砂をかけていくわけがない。

 

 それなら。

 

 「ぶちょーさんでしょ?

  すっごいねっ!!」

 

 っていう条件。

 そして、人事全体の一新。

 

 特に、父さんの直属のクソ上司は、

 徹底的に調べ上げて貰った。


 まぁ、出るわ出るわ。

 契約は一桁間違えてるわ、見積もりの3倍の経費出すわ、

 取引先の社長の娘にセクハラしてるわ。


 前社長の親戚だったらしいけど、

 一度死ぬ覚悟を決めた佐橋社長が腹を切る覚悟で直談判をしたら、

 拍子抜けするくらいあっさりと解雇を許可してくれたらしい。

 

 なるほど、穴が抜けたバケツに水を汲むが如しだったわけだわ。

 こんどは財務と業績をしっかり琢磨さんが監視するから、

 同じような輩は一切手出しできない。

 

 改心するなら、よし。

 変わらないなら、容赦なく首を掻っ捌くまで。

 父さんと、母さんのためなら、修羅にでもなる。

 

 「……

  なんで、知ってるんだ?」

 

 「えー。

  たくまさんにきまってるでしょ?」

 

 「っ。」

 

 ほんとは佐橋社長から取締役副社長の話があったけど、

 さすがに派手すぎるし、なにより父さんが疑うだろうから、

 今回はナシナシにして貰ったわりとておくれ

 

 「ちかげさんからもねー、

  お花がでるって。」

 

 「は?」

 

 はは。

 新装開店みたいな絵面になるんだよな。

 だって胡蝶蘭だもの。めっちゃ高いやつわかりやすい脅し

 

 「ちゃんとかざったやつ、

  しゃしんとっておくってねー。

  でないと、ちかげさんがわからないから。」

 

 「あ、あぁっ!」

 

 ……はは。

 たっぶん、うちの関係者で、

 俺のことわかってない大人って、父さんくらいだわ。

 わかってしまうと、愛すべき素直な人だよなぁ。

 

 「ほら満明、

  あんまり父さんをからかっちゃだめよ?」

 

 あぁ。

 ふんわりと微笑む母さんを見ると、

 涙腺が緩みそうになる。

 

 だから。

 

 「はーいっ!」

 

 すっごくいい笑顔で、涙を吹き飛ばす。

 

 「……っ。」

 

 まさか、こう、繋がるとはな。

 全然安心できない展開ではあるけど。

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