第34話


 ……

 

 はは。

 これ、もう完璧な住居不法侵入じゃねぇか。

 

 まぁ、佐橋さんの母親が不用心すぎたんだけど。

 勝手口へ戻るときに、ドアの鍵、掛けなかったもんだから。

 

 ……

 っていうくらい、安全な街なんだよな、ここ。

 まだ大規模窃盗団とかも来ちゃいないし。

 引っ越した先は修羅の園で大変だったわ。

 リアル〇クノ〇イズとまでは言わないものの。

 

 さて、と。

 古めの日本家屋内。

 身を潜めるなら、どこか。

 

 トイレっていうのもありだけど、

 トイレなんて普通に来るもんな。

 

 ゲームならこういうの、

 間取り図とか絶対あるんだけど、

 そんなもんねぇしなぁ。

 

 うわ。

 テレビ、ふっる。

 家具調のままじゃん。社長の家だってのに。

 

 ……

 成金趣味とかはねぇなぁ。

 会社の金、投資家から集めて、

 役員報酬を5倍にするようなタイプじゃねぇわ。

 

 ……

 庭が見えるけど、雑草の山だわ。

 こんもり生い茂ってる。

 変な虫がいっぱい出そう。

 

 ……

 佐橋さんの母親、

 テレビ、見てるな。

 

 いや、

 見て、ない。

 眼が、完全に死んでる。

 

 ……。

 22時、かぁ。

 父さん、ちゃんと帰ってるかな。

 

 ……

 上をちゃんと、見るべきだったなぁ。

 

 っていうか、辞めさせようとしてたもんな。

 そっちに意識が行き過ぎた。

 選択肢は広めに取るべきだった。

 

 爺さまのほうもあったし、

 こないだの家探しもあったし、

 なんなら、地下通路の騒動もあったしな。

 

 ……

 人間、そうそう完璧にできるわけねぇわなぁ。

 滝川父も刺されちまったし。

 

 ……。

 

 さっきから、

 変な匂いがするんだよな。

 なんていうか、工場みたいな。

 

 ……

 

 まぁ、この和室か。

 物置に近いな。

 なんだか雑多にいろいろ置いてある。

 

 なんだこのよくわからない仏像は。

 この信楽焼の狸の置物、

 なんでこんなでっか

 

 がららっ

 

 あ、戻ったか。

 佐橋母、玄関に急行してった。

 亭主関白なんだろうなぁ。


 「お、お帰りなさいっ。」

 

 「……ぁぁ。」

 

 う、わ。

 あれが、佐橋社長、か。


 めっちゃやつれてる。

 眼がマジでやべぇ。

 血走ってるを通り越して、焦点がこの世にない。

 レベル4~5くらいじゃん。

 

 そりゃまぁ、そうか。

 だってもう、潰れそうなんだもんな。

 

 ……。

 父さん、自殺したの、俺が小6の時だよな。

 もし、3年前に会社がつぶれたんだとしたら、

 そっから3年間、どうしてたんだろ。

 

 「……美奈は、どうした。」

 

 「……お友達の家だそうです。」

 

 「……そう、か。」

 

 外泊に反応しなかったな。

 外泊だと、許さんぞ、キィっ!

 みたいな奴だったら、即終了だったんだが。

 

 「……

  あなた。」

 

 「……

  いや、

  いいのかも、しれない。

  あの娘を、巻き込まずに済んだよ。」

 

 は?

 

 「……

  ええ。」

  

 「……

  すま、ない。

  お前だけでも。」

 

 「……

  いえ。

  もう、いいんです。」

 

 「……

  そう、か。」

 

 「……。」

 

 っ!?

 そ、そういうことかっ!!

 

 


  「だめっ!!」


 

 

 「!」

 「!?」

 

 や、やべっ。

 目算なく出てきちゃったけど。

 

 !

 

 っていうか、

 100%、まごうかたなく確定じゃねぇかっ!!

 


  「そのひをけしてっ!!」


 

 「!?」

 「!!」

 

 やっぱり、ガソリンかよっ!

 さっさと気づけよ俺の鼻っ!


 「じぶんからしぬなんて、

  ぜっったいにだめっ!

  だれもうかばれないんだよっ!!

  

  ほけんきんなんてなんくせつけられてちっともおりないし、

  さ……みなちゃんはぎゃくたいされるだけだし、

  しんだらみらいえいごうじごくいきだよっ!!」

 

 「……。」

 「……。」

 

 だ、だめだ、

 レベル4、ぜんぜん聴こえてねぇっ!

 しょうがねぇなっ!

 

 「っ!?」

 

 体当たりしたあと、足がらみを入れる。

 驚くほどあっさり倒された奇襲攻撃〇

 背、ちっちゃい人だからできたけど。

 

 じゃ、なくてぇっ。

 しっかり種火まで鎮火っ!

 

 「お、おま




  「かってにしぬなっ!!」



 

 「!」

 「……。」

 

 「かいしゃだけ、ほうじんだけ

  ころせばいいんだよっ!!

  なまみのにんげんがしぬひつようなんてないんだよっ!!」

 

 「……。」

 

 「はさんなんて、あったりまえにあるんだよっ。

  しんだら、もう、おわりなんだよっ!!!」

 

 「……おまえみたいなこどもに、なにが

 

 「わかるわぁっ!!!

  

  ばぁかっ!!」

 

 「!」

 

 何回、計画倒産にひっかかったかわかりゃしない。

 取引先が詐欺師の群れだったこともある。


 「しぬひつようなんてみじんもないんだよっ!

  なんのためのはさんせいどなんだよっ!

  かいしゃとじんせいなんてくらべるまでも!!」

 

 まだ1円で作れる時代じゃないけど、それだって。

 

 「ひとのいのちはごせんまんえんじゃかえないけど、

  かいしゃなんて、それだけあれば

  なんじゅっこだってつくれるんだよっ!」

 

 「……。」

 

 「……

  あ、あの、

  あなたは、……どなた?」

 

 あ。

 

 「はる

 

 だ、だめだ。

 父さんの名前を出すわけには。

  

 「……ぼくは、

  まゆずみまどかちゃんの、ともだち。」

 

 「まどかちゃん、の……。」

 

 「……。」

 

 父親は、全然わかってない。

 まぁ、そりゃそうか。

 

 妖気の雲の分厚さが減った。

 いま、レベル3くらいだな。

 それなら。

 

 「あなたたちは、

  いちど、しんだ。

  

  なにがあったか、

  あらいざらい、はなしてよ。」


 「……

 

  あなた。」

 

 「……。」

 

 じっと、眼を見る。

 鋭く、温かく。


 ……

 レベル2.5くらいになってる。

 もう、一押しすれば。

 

 「いまさら、きみに話をしても、

  どうにもなりは。」

 

 「はなさなかったら、

  どうにもならないよっ。

  だって、わかんないもん。」


 わざとらしいくらい、明るい口調で。

 

 「……

  今日は、もう、無理ですね。」

 

 ん。

 あぁ。


 「……

  あなた。

  一日延びた命と思えば、それで。」

 

 「……

  ああ。」


 ヤバさレベル、1.8くらいになってるな。

 狂気ゆんゆんな感じはだいぶん薄れてる。

 そりゃそうだ。自殺なんて勢いなんだから。


 ……こうしてみると、

 思ったより、若いぞ。

 40歳いかないくらいじゃん。


 そりゃ、そうか。

 8歳児の両親なんだから。

 

 あ。

 それ、なら。

 

 「!」

 

 ふふん。

 千景さんから、渡されてたんだよね。

 

 おお。

 わりとちゃんと、電波入るな。

 旧公社のやつか。

 

 『みつあきくんっ!』

 

 はは。

 まどかちゃん、出たなぁ。

 待ってたってことか。

 

 「まどかちゃん、ちかげさんから、

  はなしはきいてるね?」

 

 『うんっ!』

 

 「まどかちゃん。

  佐橋さんを、お願い。」

 

 『……うんっ。』

 

 ちょっと不承不承だったな。

 事前に話が通じてなかったら大変そうだった。

 

 『も、もしもしっ。』

 

 「!?」

 「!!!」

 

 はは。

 驚いてやがるなぁ。

 っていうか、母親のほうは知ってる筈なんだけど。

 

 「よるおそく、ごめんね?」

 

 『い、いえっ。』

 

 さぁ、

 これで、どうだ。

 

 「佐橋さん。

  は、好き?」

 

 「!?」

 「!!!」

 

 『……

  

  うん。

  

  もどって、ほしい。

  も、もどって、ほしいのっ。』

 

 ……

 声が、震えてる。

 そりゃまぁ、そうだよなぁ……。

 

 「……。」

 「………。」

 

 「ありがとう、佐橋さん。

  まどかちゃんによろしくねっ。

  じゃぁねっ。」

 

 意味もなく最大限の笑顔を振りまく。

 通話先だからまったく見えないけどな。

 

 「……。」

 「………。」


 じっと、眼を見る。

 澱みと血走りが、だいぶん、減ってきている。

 

 ……

 やっぱり、どうみても、

 悪人にはみえねぇんだよなぁ。

 不器用なだけっぽいわ。

 経営者向きかどうか知らんけど。

 

 「……

  みつあきくん、と言ったな。」

 

 あ。

 まどかちゃんが言ってたの、

 聴こえちまったか。

 

 「うんっ。」


 「……

 

  わかっ、た。

  きみの望み通り、

  洗いざらい、話してやる。」

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