第32話


 うっ。

 

 な、なんかちょっと、胃もたれしてる。

 千景さんの弁当、まどかちゃんに半分くらい食べさせられた箸移しし。

 

 テリーヌが少々本格的すぎて重めなんだよな。

 あれはワインに合いそうだし、琢磨さんとかはめっちゃ好きそうだけど、

 8歳児がバクバク食うやつじゃない。

 いつか言わないとだわ。


 っていうか、牛と豚と鳥の値段差を知った後だと、

 あんな惜しげもなく最高級の牛を

 

 「ちょっと、いい?」

 

 ん?

 なんで、皐月が男子トイレの横に立ってたんだ?

 

 「満明君には、伝えておこうって。」

 

 なにを?

 

 「今回の遠足、

  男女ペアを提案したのは、羽村先生らしいわ。」

 

 はむら?

 

 「隣のクラスの担任。

  で、学年主任。」


 (学年統一で決められてしまった仕組みなので)

 

 あぁ、

 それで、か。

 一体、何の狙いがあるか分からないけど。

 

 と、すると。

 

 「おべんとうをしゅうだんでたべられるようにしたのは、

  真理せんせが、いとてきにやったってこと?」


 「あ。

  ……そうかどうかは、わからないけど。

  

  そう、ね。

  あっても、おかしくはないわ。」

 

 ……なる、ほど。

 ただ。

 

 「おわっては、いない。」

 

 「そう、ね。

  帰りも警戒しないと。

  ようだし。」

 

 ……は?

 

 「大丈夫よ。

  黛さんまどかも、柏原さん文果も、

  私がしっかり見てるから。」

 

 あ、あぁ。

 なんていうか、ちょっとだけ頼もしい。

 

 「貸し、だからね。」

 

 っ。

 う、嬉しそうだな、お前っ。

 

 「じゃあね。

  一応、伝えたから。」

 

 ……。

 

 あいつ、よさげなスニーカー履いてやがったな。

 さすがにまどかちゃんみたいなオーダーメイドじゃないだろうけど。

 

 ……。

 

 そもそも、なんのために男女ペアにしたんだろう。

 教育的配慮を考えると、集団での企画立案や移動にしたほうが、

 よほど効果があるし、安全面でも

 

 !


 ま、まさか。 


 い、いや。

 証拠は、なにも、ない。

 

 ただ、シリアスな仮説としては、

 持っておく必要があるかもしれない。

 

 警戒しすぎかもしれないが、

 わざわざ皐月が伝えたってことには、

 なんら

 

 「……。」

 

 え。

 

 「ま、まどかちゃん?」

 

 「……。」

 

 な、なんで顔してるんだ。

 眼のハイライトが薄くなってる。

 

 「!」

 

 とりあえず、撫でる。

 

 まどかちゃんは、いつものようにふわっと泣きそうに笑ってから、

 表情をコロコロと複雑に変えている。

 

 「どこか、いたい?」

 

 「!

  い、いたくないもんっ!」

 

 そ、そうなのか?

 

 「……っ。」

 

 ……

 あぁ、ほんとサラサラだなぁ。

 子どもだからってのもあるんだろうけど、

 髪質って遺伝要素が強い

 

 「ば、ば、ばかぁっ!?」

 

 え?

 

 な、なんか逃げてったけど。

 わ、わからない……。


 うわ。

 警戒しとくようにいって言いそびれた。

 大丈夫かなぁ……。

 

 ……皐月の奴に任せるしかないか。

 中身おばちゃん入ってるし。


 「なにか失礼なこと考えてないでしょうね?」


 !

 こ、皐月っ。

 お、お前ぇっ、

 なんでまだいるんだよっ!?


*


 ……

 絶対に、必要だわ。

 

 連絡手段がないと、めちゃくちゃ不安になる。

 まぁ、連絡手段があったところで、

 GPSと連動してなきゃ、場所の特定はできない。


 そろそろ出るんだよな、GPS携帯。

 もともとは軍事用の衛星技術だったのに、

 気づいたら妻が浮気相手を特定するツールになったという。

 殺人光線が電子レンジに化けるよりも惨い。

 

 ただ、この当時の精度だと、

 場所の特定がお話にならないレベルだからなぁ。

 そもそもポケベルすら持たせて貰えない状態だし。

 

 「……。」

 

 父さんや母さんにカネの話ができるわけがない。

 千景さんを説得するしかないけど、

 危機感を共有してくれなそうだしなぁ。

 ほんと、ど

 

 「ご、ごめんなさいっ。」

 

 あ。

 やっべ。

 佐橋さん、しっかり見ないと。

 

 「ううん、わるいのはこっち。

  ごめんね、とまどわせちゃって。」

 

 「い、いいの。

  ご、ごめんなさい。」

  

 ……

 なんていうか。

 これって。

 

 「だれか、おうちにこわいひとでもいるの?」

 

 「っ!!」

 

 うわ。

 ど真ん中、168キロストレートだったのかよ。

 もうちょっとオブラートにくるめなかったのか俺は。

 

 「こわいの、いやだよね。」

 

 「……う、うん……。」

 

 あぁ、

 これ、100%、親だ。

 俺も父さんがめっちゃ怖かったしなぁ。

 

 「どっちもこわいの?」

 

 「……。」

 

 少し、震えながら、小さく頷いてる。

 最悪じゃねぇか。

 どっちなのかを特定するための質問だったのに。

 

 「こどものころから?」

 

 いまも子どもなんだけどな。

 「いま」は違うと思いたがる年頃だから。

 

 「……

  二か月、くらい、前から。」


 二か月前、か。

 三年生になってから、じゃないか。

 

 あぁ。

 

 「まどかちゃんに、はなせてないの?」

 

 「……

  はなそう、

  と、思って、たの。

  でも……。」

 

 あ。

 

 「じゅく、なくなっちゃったから?」

 

 眼鏡の奥を見開き、

 ひゅっと息を呑む音がした。

 

 「……うん。」

 

 心細そうに、頷く姿が、

 どうにも儚くて。

 

 「……その、ね。」

 

 「うん。」

 

 「……わたし、まどかちゃんと、

  ともだちじゃ、ないの。」

 

 ……は?

 

 「う、ううん。

  ともだちなんだけど、

  あの、くーちゃん倉科花梨のほうが、

  まどかちゃんとなかよくて。」

 

 あ、あぁ。

 なるほどなぁ。

 

 先に行ってる、っていうのが、

 そういう意味だとすると。

 

 うわ、織り込めてなかった。

 てっきり、親密度、高いもんだと勝手に思い込んでた。

 

 あ。

 

 「くーちゃんって人、

  ともだちつくるの、じょうずなんだね。」

 

 「……うん。」

 

 か細い声で頷く。

 眼鏡の奥が震えている。

 

 「くーちゃんは、おさななじみなんだ。」

 

 「……。」

 

 ただ、頷くだけ。

 

 あぁ、

 きっと、くーちゃんが、

 あの時、興味深々でこっちを見てたほうだ。

 なるほど、なぁ。

 

 「佐橋さんは、

  まどかちゃん、きらい?」

 

 「う、ううんっ。」

 

 うわ。

 めっちゃ食い気味で首を振った。

 

 「……い、いいのかな、って。

  わたしなんかが、はなしかけちゃってって。」

 

 なんだ、この娘。

 壮絶に自信がなくなってるぞ。

 ええい。


 「うち、かえりたくないなら、

  まどかちゃんちにとまったら?」

 

 「……え?」

 

 あ。

 これ、考えたこともないって顔だ。

 女子、お泊りくらいしてると思ったけど。

 

 「ちかげさん、

  すっごくぱわふるだから、

  だいじょうぶだよ。」

 

 「??」

 

 あれ、

 千景さんのこと、知らないのか。

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