第3章

第31話


 「ほんとね。

  ねぇ、誰が好きなの?

  満明くんっ。」

 

 「!」

 「!?」

 

 ぐげっ!?

 

 こ、皐月、

 お、お前、

 絶対、油鍋に強火着火に来たんだろっ。

 

 誰が。

 誰が、好き。

 

 まどかちゃんは思いもつかぬことをする勇気があるし、

 利発だし、実は努力家だし、ひとつひとつの仕草が愛らしすぎる。

 文果は不器用で口が悪くて意地っ張りだけど、芯が強くて、

 物質的に貧しくても自分を犠牲にして人の幸せを願える心の豊かな奴だ。

 皐月は……

 

 「あら。

  私のことは、なにもないの?」

 

 うぶっ!

 お、お前、100%遊んでるだろっ。

 

 「こうづきさんのこと、

  まだよくわからないし。」

 

 「そう。

  わかったら、好きになってくれるの?」

 

 んぶっ!?!?

 

 「ふふふ。

  じょうだんよ。

  ね、黛さん?」

 

 「っ!?」

 

 「はーい。

  第1班、出発しますよー。

  ちゃんと集合してーっ。」

 

 うわ、真理せんせ。

 しっかり男子に腕組して、眼でギヌギヌと脅しかけてる。

 フランスの教員みたいなことを。


 あ。

 

 ……

 あいつ、もしかしたら。


*


 大人たちがはぐれさせないように

 ぞろぞろと集団で動かせる中で、

 隣で、度の強そうな佐橋さんと並んで歩く。

 

 といっても、周囲は男子で騒がしい。

 女子にちょっかいを出したり、

 帽子を取ったりして遊んでいる。

 

 なんなら小1のクラスよりタチが悪い。

 あれは文果がサプレッションをしたからで、

 世の小3なんてこんなものか。

 

 ん?

 

 「……。」

 

 佐橋さんが、度の強そうな眼鏡の奥から、

 こっちをぼぅっと眺めている。

 

 「どうしたの?」

 

 「……

  ううん。

  ちがうなって。」

 

 は?

 

 「はるまくん、

  おじさまみたい。」

 

 げ。

 

 「ち、ちがうの。

  すごく、おちついてるなって。」

 

 あ、あぁ……。

 やばいな、学年に溶け込めてないってことか。

 まぁ、そうだよなぁ。

 

 っていうか、この頃だと、

 俺はもうゲームばっかりやってたから、

 父さんに怯えながらやり過ごすように生きていた思い出しかない。

 

 だから、子どもの頃の記憶を探ったって、

 あんなガキどもみたいな

 

 「!」

 

 ……まだ、いたのかスカートめくり

 もう元号変わってかなり経つはずなんだけどな。

 

 「真理せんせに言う。」

 

 言うぞ、じゃなくて。

 

 「つ、つげぐちすんなっ!」

 

 「する。

  犯罪者に容赦するつもりはない。

  立派な痴漢行為だ。」

 

 「……っぐ。」

 

 こういう輩がクソ上司みたいな奴になる。

 いまのうちに除

 

 「は、はるまくんっ。

  い、いいの。いいから。」

 

 ……

 

 「……佐橋さんに感謝するんだな。」

 

 「……チっ。」

 

 あぁ、やばい。

 いろいろ抑えないと。

 

 つっても、なぁ。

 いまさらみんなに好かれる

 明るいバスケ少年になれるかっていったら、

 絶対に無理よな。

 

 ……はぁ。

 そういうの、考えてなかったわ。

 

 っていうか、子ども相手に何ムキになってんだ。

 もっとさらっと躱す方法なんていっくらでもあったのに。

 

 あぁ、ほんっと、俺って成長してねぇな。

 これ、めっちゃ失敗

 

 「ご、ごめんなさいっ。」

 

 は?

 

 「わ、わたしが

  ぼぅっとしてるから。」

 

 「それはぜったいちがうよ。」

 

 「っ。」

 

 半歩、近づいて、

 気づいて、しまったこと。

 

 「……ぇ。」

 

 やっぱり、か。

 

 「佐橋さん、

  眼、とってもキレイなんだね。」

 

 「っ!?」

 

 あ、まずいな。

 まどかちゃんとの距離感に慣れすぎてる。

 メガネ、返さないとだし。


*


 整備公園は、

 バブルの時に狂った規模で作っただけあって、

 意味もなくでかい。


 さすがに上野公園ほど大きくはないが、

 田舎にこんなもんあってもって感じだな。

 こんなコストがかかるもんをずっと管理できるわけがなくて、

 結局、公園法を食い破って大学病院に長期貸与しちまったらしいが。

 

 ……

 遠足で整備公園なんて来たっけな。

 いかん、記憶がまったくない。

 

 そりゃ、ないか。

 ゲームしかしてなかったんだから。

 この頃だと、今後20年市場を独占する

 携帯機の大物が出たけど、何十回引いても〇〇キ〇グしか

 

 って。

 

 「なぁに?

  お弁当、食べるんでしょ?」

  

 う、わ。

 皐月と、

 

 「……。」

 「………。」

 

 まどかちゃんと、文果まで。

 

 「ほら。」

 

 一人だけ余裕がある皐月の後ろを見ると、

 男子が勝手にグループを作っている。

 

 「真理せんせ、なんにも言わないの?」


 指導力皆無だった新人教員、岩瀬朋子と違って、

 エース級の指導力を持つ真理せんせは、

 抑えようと思えば、あの男子共を簡単に解散に追い込めたはず。

 現に朝、圧倒的な火力でねじ伏せてたし。

 

 「……そう、ね。

  そこはちょっと、不思議なのよね。

  

  ま、いいじゃない。

  貴方も一緒に食べる?」

 

 うわ、

 ナチュラルに佐橋さんに声かけやがった。

 コミュ強美少女め。

 

 「!

  わ、わたしは。」

 

 「食べる子、いるの?」

 

 うっ!?

 皐月の奴、わりと無遠慮に踏み込むな。

 

 「……。」

 

 あ、あぁ。

 そういうこと、か。

 

 1・2年生は、まどかちゃんと、もう一人の女子といたから、

 三人でグループだったし、

 そもそも低学年のうちはあんまりグループ化もしないけど。

 

 そっか。

 それなら。

 

 「いいよね、まどかちゃん。」

 

 「!

  う、うんっ。」

 

 あ、ちょっと笑った。

 それを見て、佐橋さんがまどかちゃんにすっと近づいていく。

 皐月が怖かったんだろうか。

 

 「……

  あなた、またなにかしたの?」

 

 「なにかって?」

 

 「……。」

 

 な、なんだよ。

 怖い眼すんなよ、文果。


*


 おお。

 

 「……凄い、わね。」

 「……う、うん。」

 

 いまや生粋の専業主婦千景さん。

 とんでもないレベルで作り上げてるな。

 

 キャラクターとかはまったくないけど、

 見た目にもセンスに溢れてる。

 さすが芸術畑出身。

 

 鴨のコンフィとテリーヌ、

 牛のローストビーフ、なぜか鰆の西京焼き。

 そしてサフランライスに人参の細切り。

 

 うーん、遠慮がまったくないな。

 千景さんが楽しんで作ってる姿が浮かぶわ。

 子ども向けではまったくないとはいえ。

 

 「まどかちゃん、よかったねっ。」

 

 「!

  うんっ!」

 

 恥ずかしがる必要なんて、ない。

 幸せは、寿ぐべきものだから。

 

 前世のリアルなら、家庭内離婚状態だし、

 絶対にこんな凝った弁当が出てくることはなかったろうから。


 なんか、ちょっと泣けてくるな。

 あと9か月、このまま護りきれるだろうか。


 「……。」

 

 あぁ。

 コイツのは……。

 

 これ、そのへんの仕出しパン屋のやつじゃんか。

 住宅街をよく巡回してる、あれかよ。

 形状がコッペパンのバッタものにしか見えん。

 

 比べていいわけはないが、

 千景さんの弁当箱とは落差が激しすぎる。

 

 「な、なんなのよっ。」

 

 まーた意地はってるなぁ。

 まぁ、文果らしいっていえばらしい。

 

 「たべる? ふみかちゃん。

  これ、ぼくがつくったんだよ。」

 

 鳥つくねの大葉巻き。

 職場に入ってたしょんぼり弁当屋のやつとえらい違いだ。

 

 当たり前だ、コストが違う。

 人件費分まる乗せしてるし。

 共働き収入万歳。

 

 つっても、焼かせてはくれませんでしたが。

 もうちょっと大きくならないとダメらしい。

 母さんも過保護だよなぁ。

 

 「い、

  い、いいっ。」

 

 「そう?」

 

 そんな躊躇いで引き下がるわけもなく。

 

 「んぐっ!?」

 

 こういう昔の俺みたいな奴は、

 おせっかいなくらいでちょうどいいんだよ。

 素直じゃないだけなんだから。


 「……どう?」

 

 「……

  

  っぐっ!?」

 

 ん?

 顔、赤くなってるけど。

 喉につかえたりしたか?

 

 「……

  きみ、さ。」

 

 なんだよ、皐月。

 

 「満明君、

  その箸、そのまま使うの?」

 

 は?

 なに言ってるんだコイツ。

 そんなのあた

 

 ……

 

 ま、まどかちゃん。

 眼が、めっちゃ昏くなってる。

 

 あ。

 あ、

 

 え゛

 

 「……

  割りばしの予備あるけど、使う?」

 

 ……

 は、はい……。

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