第25話

 

 「やあ。

  呼びたててしまって、済まないね。」

 

 「ううん。」

 

 琢磨さん、個室持ちになってんだよね。

 30代前半なのに、凄いなホント。

 

 仕事はしっかり出来る感じなのか。

 コネありといっても、それだけでは勤まらないだろう。

 あのクソボンボンみたいな反吐が出る雰囲気はないわ。

 

 「……家では話しづらくてね。

  正直、この件は肩身が狭い。

  佳純、じゃなかった、

  葦原さんは、僕の学生時代の友人だからね。」

 

 ……さては。

 

 「うわきあいてとおもわれてるんだね?」

 

 「ぶっ!?

  ……過去形だよ、過去形。」

 

 ……

 なるほど、な。

 美人局の件を複雑にした理由があるわけか。

 

 しかし。

 

 「そんなひとを、

  どうしてまどかちゃんの通う塾に紹介したの?」


 確か、個人塾だったはず。

 ほぼ、指名に近い扱い。

 

 「……

  適任者だったから。

  これに尽きるよ。

  

  それに、佳純にはもう、新しい相手もいた。

  僕はもう、大丈夫だと思っていたし、

  いろいろあったけど、

  彼女のスキルが新しい生活の支えになればと

  思ってたんだよ。」

 

 ……

 ウソは、ない。

 本気でそう、言ってる。

 

 だとすると、余計タチ悪いな。

 いろいろと無神経だなぁ。


 中小企業の元イケメンのおっちゃんが、

 自分の愛人を嘱託として雇っちゃうような世界に近い。

 焼けぼっくいに火がついたっておかしくないのに。

 

 ……

 

 あ。

 

 (私、まどかに嫌われたくはないのよ。)

 

 「ねぇ、おじさん。

  まどかちゃん、かすみせんせのこと、好きだったの?」

 

 「……

  それも、あるよ。


  きみも聞いていると思うけど、

  僕もね、まどかを怒らせちゃったからね。

  これ以上、刺激したくなかった。」

 

 うわぁ。

 

 ……

 まぁ、考えようによってはいい傾向かもしれない。


 まどかちゃんが自殺した時は、

 琢磨さんも、千景さんを、

 まどかちゃんを全く見ていなかったんだろうから。

 

 「それで、ね。」

 

 「うん。」

 

 「ちょっと、頼みづらいんだけど、

  きみの力を借りたくてね。」

 

 は?

 

 「ほら、きみ、

  こうやって、人の家とかに平然とあがれるだろ?

  孝明父親くんの職場にもこうやって入ってたじゃないか。」

 

 あ、あのなぁ。

 今回はちゃんと、パス取って入ってるわ。

 っていうか。

 

 「たんていさんにたのめないの?」

 

 会社でも雇えるはずだし、

 豊富な資金力があるなら。

 

 「……。」

 

 ん?

 なんか、痛みを感じさせる顔してるけど。

 

 「……

  いろいろ、ね。

  あそこ、調査内容がさ。」

 

 ……え?

 

 「それに、

  今回は、ちょっと、ね。」

 

 ……歯切れが悪いな。

 なにか、隠してる。


 けど、なんていうか、それを突っ込んでも、

 なにも出なそうな感じがする。

 社畜で培った嫌なカンよなぁ。

 

 「わかったよ。

  ぼくはなにをすればいいの?」

 

 「……

  ものわかりがよすぎるきみっていうのも、

  ちょっと怖いなぁ。」

 

 なんだよそりゃ。


 「じゃぁ、やらなくていいの?」

 

 「ものわかりいいきみは

  すっごくありがたいなっ!」

 

 ……はは。

 イケメンが慌ててる顔って、なんか、いいわ。


*


 はぁ。


 人に頼まれて意図的に侵入するのははじめてだな。

 8歳にして前科〇犯じゃねぇか。

 

 まぁ、〇ナ〇君もよくやってるし。

 〇〇ボーで鉄筋を垂直に登れるっていうのは

 どう考えてもおかしいけどな。

 

 さて、と。

 小学校から、だいたい200メートルちょっと。


 2ブロック先くらい、か。

 住宅街の旗竿地なので、小学生達は気にも留めない。

 

 和風の借家でよかった。

 部屋だったら鍵あけなきゃいけなかったから、

 さすがに気が咎めたわ。

 

 っていうかこれ、

 本来なら警察案件だろうよ。


 ……つっても、こんなの、警察は動かないわ。

 死ぬか、最低でも全治三か月とかでもないとだしな。

 

 ま、いいやもう。

 がらっ、と。

 

 ……

 うちよか、狭い。

 炭鉱住宅と同じくらい、か?

 

 庭、こんなに広いのになぁ。

 〇んぼっ〇ゃまの家とまでは言わないけど。

 いや、あれは庭なんかないか。

 

 家屋の狭さと庭の大きさの対比がおかしい。

 都内ならこんな庭絶対持たないわな。

 建蔽率いっぱいまで建物を建てきるだろうに。

 

 んで。

 

 モヌケノカラ、か。

 ぜんぶ、取り払ってる。

 空っぽの書棚があるだけだわ。

 

 当たり前だよな。

 引越ししたんだから。

 

 ……

 

 いや。

 これ。

 

 ……

 

 おか、しい。

 

 やっぱり、家屋が、狭すぎる。

 

 そりゃまぁ、

 こういう奇抜な家は、ありえなくはないけれども。

 プライバシーを守りきるために、

 3階の屋上まで上がらないとお互いが会えない仏文学者の自邸とかな。

 

 ……。

 

 庭も、変なんだよな。

 

 小さな家屋に連担してる部分が、

 なにも、ない。

 

 草ぼうぼうっていうんだったら分かるんだけど、

 そうじゃないんだよな。

 整地されたみたいになってる。

 

 整地、か。

 

 ……いや。

 そんな、バカな。

 

 「……。」

 

 でも、この間取りの不自然さといい、

 広すぎる家屋といい。

 

 ……

 

 いい、か。

 いっぺん、死んでるんだもんな。

 

 「。」

 

 ってっ!?!?


 

  「ま、ま、

   まどかちゃんっ!」

 

 

 「うんっ!!」

 

 い、いや。

 一回、視野に入った時、目を疑ったんだよ。

 信じられないくらい巨大な蜘蛛が視界に入った後、

 高速で壁に隠れられて消えるみたいな。

 

 じゃ、なくてっ!

 

 「な、なんでいるの?」

 

 これ、住居不法侵入なんだけどっ。

 

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