第23話


 とは、いえ。


「思ったより、広い家なのね。」


 あげるのは、リビングまでで。

 部屋は、さすがに入れられない。


 ……なんだろ、この感覚は。

 考えたこともなかったけど。


 あぁ。


「ジュースでいい?」


「いいわ。ありがとう。

 お水、いただけるかしら。」

 

 げ。


 さすがに水道水は出せないぞ。

 でも、あったっけな。

 

 ……。

 

 あは、は。

 父さん、水、入れてたわ。

 たぶん水割り用、か。


 貰おうっと。


「ソーダ水でいい?」


「ええ。」


 ふぅ。


 ……。


 さて、と。


「きみはジュースなのね。」


「うん。」


「外、走ってるから?」


 ……なんで知ってんだよ。

 それもあるけど。


「こういうのは、

 たいしゃがいいうちでないと、

 飲めない、

 

 って、おじーちゃんが言ってた。」


「そう。

 ……かも、ね。」


 ……。

 

 に関心があるけど、

 それは後、だとすると。


「いたいの、おわったの?」


「……

 薬を貰えたから。」


 内科か、婦人科か。

 このへん、婦人科なんてあったかな。


 まぁ、


「よかったね。」


「……よくは、ないわ。

 痛いし、またくるもの。」


 あぁ。

 もう、理解してるわけか。

 さすがに教えたのな、嘘保険医といえども。


「それはね。

 でも、はならないでしょ。」


「……

 まぁ。

 

 それで、

 一応、御礼を言っておこうと思って。」


 ん?


「その、助かったわ。」


 右下を向いて、口をすぼめて、

 榛色の瞳を伏せながらぼそっと呟くように言う姿が、

 なんていうか、慣れてなさすぎて。


 なら。


 

 「どういたしましてっ。」



「……っ。」


 満面の笑み攻撃。

 これ、同世代には効かないんだよなぁ。

 これが効くのって、年寄だけだからな。

 そもそも、もう小3だから。


「……

 その、教室では、言いづらいから。」


 まぁ、それはそうだろうな。

 内容も内容だし。


「それと。

 真瀬先生嘘保険医に、聞かれちゃったの。


 どうせきみに話してしまわれるのなら、

 こちらから先に話してしまおうって。」


 あぁ、そういうことか。

 それで、わざわざ。


「いろいろ、って?」


「……

 そう、ね。

 

 どうして私が、

 に引っ越してきたか、よ。」


 あぁ、やっぱりか。

 

 このあたりではそこそこ大きい都市であるこの街を、

 そこまでばっさり言えるってことは、やっぱり。


「都内のどこ住みだったの?」


「……どうしてそう思うの?」


「ぜんぶ。」


 イントネーションの紛いの無さ。

 服装の趣味と隙のない着こなしセンス、流好感度の高さ。

 自信を持った話し方と、孤高を気取る態度。

 人を見下しながら、その癖、壁をどう壊していいか分からない姿。


「……そう。

 ま、いいわ。

 

 きみの思う通り。

 目白庭園の近く。これでいい?」

 

 う、げ。

 それって、超々高級住宅街山手線内

 しかも、めちゃくちゃ地価の高いあたりじゃん。


 ……なるほど、なぁ。

 そりゃ、プライドもうなぎのぼりなわけだ。


 あぁ。


「それで、駅の近くにいかなかったんだね。」


 千景さんの言う通りだったか。


「……そういうこと。

 放送局の支局もあるし。」


 って。

 いま、しまったって顔したわ。

 妙な隙が出るな。誰かを思い出したぞ。


「子役?」


「……ちょっと、違うかな。

 でも、当たらずとも遠からずね。」


 メディア寄りの仕事ってことか。

 

 そうか。

 大人に囲まれていたから、

 大人言葉を話すのに、澱みがまったくないんだな。

 

 なら、

 思い切って、こっちへ踏み込む。


「家に、おかあさんはいないんだね。」


「……ええ、そうよ。」


 やっぱり、か。

 親子の仲が悪くて相談できない、っていう線も考えたけど、

 そうだとすると、影がなさすぎるんだよな。


「ここは、叔祖母様の家があるの。」


 おおおばさま。

 祖母の姉妹、か。

 だいぶん遠いな。


「……おばあ様は、亡くなってしまわれたから。」


 え。


「叔祖母様とは、

 こちらに来て、はじめてお会いしたの。」


 ……う、わ。


、って考えてたから、

 それでもいいって思ってたけど。」

 

 ……あぁ。


「話し相手、いないもんね。」


「……。」


 いろいろあってひとりでいいって思ってたけど、

 いざひとりになると、それに耐えられなくなってきた。


 でも、ストロングスタイルだし、

 女子とも話、合わないし、

 プライドもあるから、絶対に言えない。

 そんな感じか。


 それにしても。


からのがれてきたの?」


「っ。」


 緊急避難、なんだから、

 から、なんだろうけれど、

 モノというよりもヒトなんだろうな。


 でなきゃ、ここまでストロングスタイルを取る理由がない。

 なにしろ、まどかちゃんや文果を揶揄う以外、

 コイツが人と喋っているのを見たことがない。


 人を避ける感覚、身を消したい感覚。

 それは、俺も覚えがある。


 でも、


「さみしくなってきちゃったんだね。」


「……っ。」


 わかる。

 わかるわ。

 めっちゃわかる。

 

 シミュゲの沼に堕ちたところで、

 人間の替わりを大量に作ったところで。


 ……AIも、会話相手になるようでならないんだよな。

 意外な発見くらいはあっても、驚かされるようなことはない。

 会話もつながらないし。

 

 そう。

 深夜に父さんの会社にハイヤーで乗り込んできた

 まどかちゃんみたいなことは、

 AIは、絶対にやらない。

 

 ……いや。

 そうなんだけど、おぞましい話なんだよ。

 なんかあったら取返しつかないんだから。

 

「……なにが、おかしいの。」


 やべ。

 コイツを嘲笑ってるように見えたか。


「ううん。

 なんでもないよっ。」


「……


 きみ、の。」


 ん?


「……。

 なんでも、ない。」


 ふむ。

 それなら。


つぐみせんせ嘘保険医の下の名前に話したことって?」


 そんな風に呼んだことないけどな。


「……。

 これくらい、よ。

 きみに伝えたほうが多いくらい。」


 う、わ。

 榛色の瞳を輝かせながら、強気の笑みを浮かべてる。

 核心部分は、伝えなかったわけか。


 なにか、人を遠ざけたくなるようなことがあり、

 大都会の中心部にいられなくなった事情がある。


 ……

 いまは、それで十分か。


「ありがとう。

 じゃ、これからいっぱい話そうねっ。」


「!」


 ゆっくり引き出すまで。

 あの頃の俺と同じなら、

 そのうち、ボロが出るだろうし。


「……

 きみ、さ。」


「?」


「……

 ううん。


 ……

 もう。

 ほんと、どうなっても知らないよ?」


 ん?


 あ。


 やっべ。

 外、車の音おさがりの軽がする。


 母さん、帰ってきたか。

 もうそんな時間かぁ。


「ふふ。

 今日のところは、お暇させて貰うね。」


 あぁ。


「うん。」


 入れ違いになるわけか。

 まぁ、コイツも大人と話したくないかもしれない。

 あの頃の俺と同じなら、他人が近くにいること自体が負担だったから。


「……。」


 ん?


「ううん。」


 ぇ?



  !?



 え。

 えっ。


「……きみ、思ったより不用心だね。」


 ええっ!?


「いまはまだ、

 これくらいにしておいてあげる。

 ふふっ。」


 う、あ。


 や、ばい。

 頬、熱い。


 な、

 なん、

 なん、で


 がちゃっ。


「あら、満明。

 いたのね?

 

 ……

 こちらの娘は?」


 げ。


 !?


 ぇっ!?!?!?


 ま、


 え、

 

 ど、どうして


「まゆずみ……さん?」


 ま、まどかちゃんっ!

 じゅ、塾いってたんじゃなかったのっ!?


「………。」


 う。

 う、わ。


 まどかちゃん、固まって、る。

 塵一つない切子にビキっと線が入ったような



 「……


  ふっ。」



 !

 こ、皐月っ!?


 お、お前ぇっ、

 な、なに煽るように意味ありげに微笑んでんだよっ!!




ピカピカの逆行転生は修羅場だらけ

第1章

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る