第21話
「な、なんじゃおぬしはぁっ!?」
……はは。
そりゃ、驚くわな。
ちゃぶだいの真ん中に見知らぬガキがいるんだもの。
でも、あんたが不用心すぎるんだよ。
だって、この家、
セキュリティないに等しいんだもん。
田舎の和風建築って庭と縁側を経由してしまえば、
サクサク入れるのよね。なにしろフスマだし。
「まよっちゃったぁ。
ごめんなさーい。えへへー?」
「う、ウソじゃろうがっ!」
あら。
まぁ、そうよなぁ。
もう小3だもんな。〇ナ〇君とはいかないわ。
「まぁまぁ、おじーちゃん。
どうする?
けーさつ、よぶ?」
「っ。」
呼べないわけ、か。
後ろ暗いことがあるのか、
ただのプライドの問題か。
「ねー、おじーちゃん。
ふみかちゃん、おじーちゃんのまごでしょ?」
「……?」
は?
「かしわばらふみかちゃん。」
「!」
あぁ。
苗字に反応したか。
相当敵対的なんだな。
「ひとりむすめをうばっていったオトコがにくくて、
むすめの血をついだまごのかおもみたくないの?」
「……っ。」
あれ。
見たいのか。
そんな穢れたオトコの血が入った、とか言わないのね。
「ふぅん。
おじーちゃん、ひょっとしてだけど、
もう、折れたいんだね?」
「なっ。」
あはは。
10年前に振り上げた拳をずっと下ろせなかったんだ。
それより。
「ねー、
このいえ、おじーちゃんひとりなの?」
「……。」
「あいじんとかいないんだ。」
「おらんわっ!」
カネあってもむずかしいなぁ。
歳とっちゃうと、人、寄り付かねぇもんな。
「ごみとかどうやって出してるの?」
「そんなもん、
ワシに決まっとろうがっ。」
……それで、か。
「かせいふさんとかいれないの?」
「あんなもん信用できるかっ。
前に入れた家政婦が盗っ人の仲間じゃった。」
ぶっ。
いや、あるとは思うけど、
相当なレアーケースじゃん。
一人娘は略奪愛されて、妻に先立たれて、
一人で住んでたら強盗団に鉢合わせしてたわけか。
外のセキュリティを強化してないのもそういう理由かもな。
警備会社すら信用してなくて、
一生誰とも会わなければそれで済むと思ったのかもしれないな。
……
なんていうか、
地味に不幸なめぐりあわせを体験してるな、この人。
カネうなるほど持ってるのに。
いい歳して、こんな不便そうなでっけぇ家に、
何をするわけでもなく、誰が来るわけでもなく、
一人きりで死んで、あとは遠い親戚同士の遺産相続でモメるだけか。
なきゃ死ぬほど困るけど、
あったって、なにかなるわけでもない。
なんだろうな、カネって。
「こんなおおきいいえ、
どうして住んでるの?」
ふつうなら処分して
もっとちっちゃくて暮らしやすい家に越すだろうに。
「……。」
え?
えぇ??
でも、この躊躇った顔は
そういうことだよなぁ。
「ねぇ、おじーちゃん。
ひょっとして、
おばーちゃんのおもいでをすてたくないの?」
「っ!?
そ、そ、
そう、じゃぁっ!
わ、わるいかこのガキっ!!」
……だめだこの爺。
なんていうか。
「ううん、
すごいね、おじーちゃん。
ひとりですんでるのに、なんでボケないの?」
「ワシはまだ77じゃぞっ。
ボケてなどおられんわっ!」
立派な後期高齢者だろうが。
この頃はまだそんな概念ないのか。
っていうか、だとすると、
この当時としては相当遅い孫だな。
それ、なら。
「じゃぁさー、ぼく、
おじーちゃんにおねがいがあるんだけど。」
「な、なんじゃっ!?」
*
「お医者さん、どうだった?」
土日挟んで三日間経ってるけど。
「……。」
ん?
「信じられ、ない。」
?
「……
いま、息が、
ちっとも、苦しく、ないの。」
あ、効いたか。
結局喘息はステロイド治療なんだよな。
鍛錬療法なんてとんでもない。
一応、このへんの医者では、
一番いいと思われるトコを選んだ。
まだ原始的だけど、インターネットはあるから、なんとかかき集められたし。
フリーアクセスの時代だから、
受診だけで変な療養費を取られることもない。
こっち側の数少ない利点だろうな。
「……。」
ん?
「その。
あ、あの
……
あ、ありがと。」
……うん。
「よかったねっ!」
「!
……。」
あれ。
なんか、黙っちゃったな。
ま、拡張剤なしで
緩解の見通しが立ったならなによりだわ。
それで、と。
*
……。
いま、だ。
「せーんせっ!」
「ぅあ゛っ!」
……はは。
40代の驚く声はキャーとかじゃないわな。
「ど、どうしたの、
春間くん。」
現担任、
偽保険医の情報では、エース級の先生らしい。
実際、しっかりした隙のない人だ。
銀の細縁の眼鏡、少し細長い顔に束ねた髪。
服は少し黒っぽいネイビーと、女性らしさをあえて抑えている感じ。
本当は他校に転出するはずだったのを、
前校長が先延ばしさせたのだと。
まどかちゃんを護ることを考えると、
とりあえず、一段階接近しておきたい。
だから。
「せんせ、さ。
体育のじゅぎょうのとき、
ぼくが文果ちゃんとばんそうしても、
いっさいなにもいわなかったじゃない。」
「ええ、それはそうよ。」
「ふつうさ、
はやくはしれるなら
もっとはしれとか言っちゃうとおもうよ」
「……。」
文果が隠していた小児喘息を見破っていたかまでは分からないが、
この人なりのアンテナを持っている気がする。
なにより。
「じゅぎょうのしりょうも見やすいし。」
ほんとは、資料持ってあげたほうが効果高そうなんだけど、
このカラダだと無理なんだよね。
ま、いいか。
「これ、おしえるじかんの
なんばいもかかってるよね。」
丁寧に作ってるよなぁ。
こんなの、ガキのほうはわからないのに。
「……。」
「じゅぎょう以外でもいろいろやらされるのに、
こんなにねついをもって、くふうもいっぱいしてる。」
「……は、春間くん。
ほんとに、どうしたの。」
40なんて超えちゃったら、
だれにも言ってもらえないだろうから、
せめて。
「せんせっ
えっらいねっ!
まいにち、とっても、がんばってるねっ。」
「っ……。」
最大級のショタパワーアタックっ。
もうこれ、弱まってるよな。
なんせもう小3だもんなぁ。
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