第20話


 あぁ。

 持久走、なぁ。

 

 前世ではニガテそのものだけど、

 今世の俺は一味違うぜっ。

 

 ……

 バスに乗るカネすらケチりたいだけなのよね。

 

 せめて自転車が欲しいっていうのはリアルであるんだけどな。

 いまの状態だと、そんなカネ案件、申し出られっこない。

 セルフでマネタイズできないってのが最大の欠点だよな。

 ネットとかあればtuberにでもなりゃいいんだろうけど。

 

 だいたい、が長いんだよ。

 片道6キロはまだギリだけど、

 10、さすがに


 あぁ。

 

 どの程度で走るのが正解かワカンネ。

 少なくともトップスピードを出す意味はないな。

 いらん注目、極力避けるべきておくれだっての

 

 ……

 まぁ、真ん中の上くらい、か。

 

 んー?

 四百メートル三周、って、結構長くね?

 小3に要求するものとしてはそこそこハードだと思うけど。

 これは時代の差か、真理せんせ担任の趣味か。

 

 あ。

 

 ……ん?

 

 「あ、

  ……

  

  あ、

  

  あな、

  た……っ。」

 

 う、わ。

 

 「な、

  なん……

  

  さ、

  さ、

  さき……、

  いきな、さい、よっ……。」

 

 ……

 しま、った。

 

 見逃してた。

 これ、ただの運動不足じゃ、ない。

 

 いつからかは、分からないが。

 これは、おそらく。

 

 でも。

 いま、は。

 

 「……。」

 

 「な、

  なん、な、……の……っ。」

 

 「きのう、よる、おそくて。

  つかれちゃったんだよね。」

 

 「う、

  う、

  う、……ぞっ……。」

 

 「うそじゃないよ。

  ぼくの目、見て?」

 

 真夜中だったもんな、帰るの。

 

 って。

 

 あれ?

 

 「……。」

 

 ま、まどかちゃん。

 

 「……

  あ、

  

  ……

  あなた、まで……

  

  な……

  っ……っぐ……。


  げほっ……」


 もう、足が、

 ほぼ、止まってるし、

 顔中、めっちゃ苦しそうだけど。

 

 一度、学習してる。

 コイツは、絶対的に意地を張る。

 

 だから、

 それを、見届ける。

 せめて、傍で。

 

 あぁ。

 

 呼吸器が、激しく鳴ってる。

 手を、出したい。

 出さなければ。

 

 でも、

 ぐっと、こらえる。


 肩も貸さないし、

 タオルも投げない。

 

 コイツは、変な矜持がある。

 

 わかって、しまう。

 

 その姿は、

 母さんが死んだ後の俺に、

 ソックリだから。

 

 「……っ。」

 

 だから、

 せめて。


 「ほら。

  もうちょっと、だよ?」

  

 「わ、……

  ……

  

  ……ってるわ……よ゛っ。」

 

 ……ふふ。

 ほんと、意地っぱりだよな。

 

 意味、微塵もないんだけど、

 それにすがらなきゃならない理由が、

 きっと、ある。

 

 あぁ。

 ひょっと、して。

 

 いや。

 まだ、分からない。

 

 ……

 超え、るっ。


 「よしっ。」

 

 ゴール直後に

 抱きとめようとすると、

 

 「っぅっ……。」

 

 まどかちゃんが、

 汗だくで震える文果を、しっかりと抱いていた。

 

 うん。

 いや、いいんだよ?

 いいんだけど、なんだろうな。

 

 ほんのちょっとだけ、

 背筋が、寒かった気がする。


*


「……

 きみ……は?」


 はは。

 そりゃ、驚くわ。


 っていうか、覚えてたのか。

 ただのオーディエンスだった俺のこと。


 色町の横にある、

 おそらく昭和時代からある重厚な喫茶店。

 

 ある用事で走り抜けた時に、

 何度か、見かけたことがあった。

 賭けだったけど、大正解だったな。


「はるまみつあき、小3ですっ。

 おにーさん、よろしくねっ。」


 疲れを見せない体だからできる満面の笑み攻撃。

 これ、この人に効果あんのかなと思うけど、

 とりあえず打てるものは打っておく。

 

「……

 あ、あぁ。

 ぼくは、」


伊狩直人いかりなおとさん、

 だよ、ね?」


「っ。

 そう、だが。」


「ふみかちゃんにきいたんだよっ。」


 ウソ。

 アイツが喋るわけはない琢磨の身辺調査


「おにーさん、

 はいゆうさんみたい。

 かっこいいねっ。」


 俺の趣味じゃないんだが、

 まぁ、好きな人は好きだと思う。

 

 退廃的な細長い眼をしていて、

 顔はちょっと長いけど、背がちょっと高くて、

 なんていうか、フランス映画から抜け出たような雰囲気がある。

 

 んでもって、

 

「……はは。

 どうも、ありがとう。」


 影があるのに、艶がある声。

 声優さんやったら、絶対にBLのウケの側か、

 隠れ鬼畜役をやらされたろうな。


 さて、と。

 野次馬的な関心抱いた女性との関係を封じるなら、

 聞かなければいけないことは、こっちだ。


「おにーさんって、

 ふみかちゃんの

 しってたの?」


「……?」


 あ。

 

 え??


「しらなかったの?」


 うわ。

 これは、考えてなかった。


「……

 そう、か。

 そういうこと、か。」


 知ってて、見過ごしてたんじゃないのか。


「恥ずかしい話だが、正直に言う。

 まったく、気づかなかった。

 彼女はきっと、ぼくの前では巧妙に隠していたんだろうね。」


 ……あぁ。

 なるほど、な。


 そういえば、アイツ、

 百貨店で付いて言っている時も、呼吸なんか乱してなかったな。

 めっちゃ苦しかっただろうに。


 なんて、いじらしい。

 なんて、不器用で苦しい奴なんだ。


 そっか。

 それなら、するのも当たり前じゃないか。


 っていうか、俺もあんまり気づいてなかったな。

 だとすると、最近になって酷くなってきたってことか?


「……

 どうやら、きみは、

 とても大切なことに、気づいていないようだね。」


 え?


「いや、なんでもない。

 ふふ、なるほどね。」


 なんだよ。


「……わかった。

 小さな勇者であるきみに、

 すこしだけ、事情を話しておこうか。」

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