第18話
あ、れ。
「まどかちゃん、どうしたの?」
保健室の外にいるなんて。
「ま、待ってた。」
え。
「今日、習いごとじゃなかったっけ。」
「う、うん。」
だよ、なぁ。
遅れちゃうと思うんだけど。
「その。」
うん。
「い、
いっしょに行ってっ。」
え?
「だ、だって、
クラスでみつあきくんとしゃべれないし、
習いごと行ったら、
明日の朝までみつあきくんとしゃべれないもん。」
うーん、
でも、
「み、
みっちゃんが、
そうしろって。」
みっちゃん?
あぁ。
「佐橋さん、だね。」
「う、うんっ」
たしか、
1・2年生でまどかちゃんと同じクラスだった子で、
地味子だけど、面倒見がいい。
間接的に知っているだけだったけど、
今年から同じクラスだからな。さすがに認識した。
って。
あれ?
「佐橋さん、一緒じゃないの?」
確か、今日は、
同じ習い事の日のはず。
だから一緒に移動するわけだが。
「う、うんっ。
むこうで待ってるって。」
賢い、な。
気を廻せるわけだ。
いずれ、しっかり味方にしておくべきだろうな。
なにしろ、運命の小学3年生。
何があるか分からないんだから。
*
学校を出て、
隙無く整備された閑静な住宅街を、並んで歩く。
まどかちゃんは、外に出ると、
手を握ってとは言ってこなくなった。
ちょっとだけ寂しい。
でも。
「……。」
指を、つんっとつついてくる。
そのたびに、顔を赤くしながら、
ものすごく幸せそうな顔をする。
なんていうか、
ただただ、めちゃくちゃ可愛い。
脳みそトロけすぎて語彙が減るわ、こんなの。
「……。」
ことばがまったくなくなる。
でも、気まずいわけじゃない。
ただ、ぽかぽかとしている。
指先の温かさだけなのに、繋がっている感触が凄い。
まどかちゃんが立ち止まって、
こっちを、ずっと見あげている。
なんだろう。
眼もまんまるぱっちりしてるし、
二重だし、肌も綺麗だし、
なにより、立ち姿がほんとうに、可愛い。
ただ見ているだけなのに、
切なさと温かさが体に湧き上がってくるような。
あぁ。
いい、なぁ。
この娘と付き合える人っていうのは、
生前にどれだけの功徳を積んでるんだろうな。
せめて不幸にしない奴とめぐり合わせて欲しい。
って、
まだ、命の危険がある年だろうが。
そんなこと考えるのはもっと先でいい。
この娘の笑顔を護ることだけを考えていればいい。
まどかちゃんが自殺してしまえば、
千景さん達の結婚も破綻するし、補給物資も滞る。
そうなったら、父さんと母さんも。
……
っていう実利以前に、
この娘を護りたい原始的な衝動に駆られるよな。
なんていうか、すごい娘だわ、いろいろ。
って。
「まどかちゃん。」
「!
う、うんっ。」
「遅れちゃうね?」
「!
……う、うん……っ。」
道路の真ん中で三分くらいぼーっと立っちゃってたような気がする。
田舎でよかった、のか?
*
さて、と。
ここへ忍び込んだのは初めてだけど。
セキュリティに感知されたときの言い訳をいくつか考えてたけど、
まったくその心配なかった。
なんていうか、ガバガバだわ。
警備室の警備員、寝てたしなぁ。
そもそも巡回してないっていうね。
んじゃま、
行きますかっ。
がちゃっ。
「!」
「おとーさん、おつかれさまーっ!」
はは。
めっちゃ戸惑ってる。
まぁ、そりゃそうだよな。
だっていま、23時だもの。
「えへへ、
おどろいたぁー?」
「み、
満明、
お、おま、
おまえっ。」
「ぼくもねー、
家からここまで、
走ってこられるようになったんだよ?」
「っ。」
カネをかけずに毎日15~6キロくらい動き回っている副産物なんだけど、
心肺能力が結構向上している。
大人でこんなトレーニングしたら膝と靭帯壊して死ねるわ。
「お、お母さんはどうした。」
「きょうはちかげさんちに呼ばれてるよ。
さきにねろって。」
これは千景さんの策なんだが。
「じゃ、じゃぁ。」
「ねぇ、おとーさん。」
「な、なんだ。」
「おしごと、うまくいってないんでしょ。」
「っ!?」
……どんぴしゃりかよ。
まったく、もう。
なんていうか、
20代後半の俺とめちゃくちゃ重なるわ、わが父ながら。
完全に遺伝要因じゃねぇか。
んでもって俺よかプライド高いし、
たぶん誰にも相談できてないな。
仕事以外で琢磨さんと知り合っても、
琢磨さんはエリート寄りだし、育ちも違う。
なんつってもめっちゃイケメンだし。
なるほど、自殺する要素に事欠かないわ。
経済的な問題が片付いたとしても、勝手に自滅していくタイプ。
ほんと、俺の生き写しだよな。
させるか。
その運命、ぶった切ってやる。
「ざんぎょうだい、でないんだよね?」
「っ。」
サービス残業どんとこいっ。
まぁ、景気も悪いままだしな、この頃は。
あぁ、ヤバい眼レベル1に戻ってるな。
借金要因を減らしても、この問題は変わらなかったわけか。
ほんとは転職させたいんだけど、それは後にして。
「あのね?
いらないおしごとしてるでしょ。」
「な、に?」
……はは。
父さんが生きてる時、
話、できなかったこと、思い出したわ。
いまでさえ、まっすぐ目を見るの、ちょっと怖いもん。
でもさ、
こっちはいっぺん、しんでるんだよ。
「おしごとってさ、
すぐできるやつと、そうでもないやつがあるんだってね。
おとうさん、まじめだから、
そうでもないやつもいっしょうけんめいやるでしょ。
そうするとね、帰れないんだって。
うりあげ、ほとんどかわらないのに。」
「……爺か。」
いやぁ。
おじーちゃんバリアは使えないの。
だから。
「まえのこうちょうせんせーっ。」
ライトアップ満面の笑み攻撃っ。
「っ。」
新しいバリア。
ふふん、わりと使えそう。
まぁ、聖人の前校長は手抜きなんてしないだろうけど。
「こんなおそくまでしごとしてたら、
ぼくのいもうと、できないよね。」
「……。」
「せっ〇す。」
「ぶっ!?」
え?
なんか、反応が、
あ。
あっ。
え゛
ま、まさかっ。
「あのさぁ、おとうさん。」
「な、なんだっ。」
いっぺんしんでるなら、
おもいきって
「ぼくって、
できちゃった、なの?」
「ぶうあっ!?」
あ、あぁ……
なんていうか、
でっっかい謎、ひとつ解けたわ。
結婚したこと。
子どもが俺しかいないこと。
あんなに綺麗な母さんに、手出しをしていないこと。
「たかねのはなこさんと、
いきおいでそうなったらできちゃったけど、
それをだめなことだといまもおもってる。
ちがう?」
「……。」
う、わ。
いい大人が、舌、ギリって噛んでやがる。
めっちゃ怖いわ。
怖いんだけど、さ。
「おかあさん、
そんなによわい人かなぁ。」
「……。」
「もし、おとうさんのこと、イヤなら、
りこんしてるよ。」
「……
だが。」
悩んでる。
ここから、どうする。
なら。
「もう、ばかっ!!」
「!?」
……
は、はぁあっ!?!?
ま、
ま、ま、
「まどかちゃんっ!?!?」
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