第17話


 「聞いたわよ、まどかから。」

 

 うげ。

 いや、うげってこともないんだけど。

 

 「言ったじゃないの。

  きみ、生きてられない刺されるわよって。」

 

 いや。

 そんなこと言われましても。

 

 「……

  はぁ。

  琢磨くん、まどかに嫌われちゃったんだからね。」

 

 は?

 

 「きみなら、なんとなくわかると思うけど、

  私立小学校の編入試験を受けさせようとしたのよ。」

 

 あ、あぁ……。

 やっぱりなぁ。

 

 「車ならこのあたりからも通えるところよ?

  琢磨くんなりに妥協したつもりなんだろうけれど、

  それ以来、まどか、琢磨くんとひとことも口をきいてないのよ。」

 

 う、わぁっ。

 か、可哀そすぎる。

 勝ち組のはずだったのに……。

 

 「琢磨君、ぜんぜんわかってなかったけど、

  そもそも、まどかの成績が良くなったのは、

  きみと話したいだけだからね。」

 

 ん?

 

 「ふふふ。

  まったく。この女ったらしめ。」


 げ。

 笑いながら目が怖いんだけど。

 なんか、ぞわっとしたわ。


 「ふぅ。

  まぁ、いいわ。

  きみなら、うまくやりそうだし。」

 

 なにその謎の信頼。

 なんていうか、油を引いた日本刀の上を

 つるつる踊らされている気がするんだけど。


 「そうそう。

  できるなら、琢磨君、とりなしてあげて。

  あのままだと、仕事も手につかなくなるわ。」

 

 無理言うなよっ。

 ったくもう。どうすりゃいいんだか。


*


 「お前、

  ハーレム作ったそうじゃないか。」

 

 なんてこというんだこの嘘養護教諭。

 

 「お前、いつでも刺されるぞ。

  10歳の誕生日を迎えられないかもしれんな。」


 あのねぇ……。

 っていうか。

 

 「校長先生かわっても、

  てんきんナシなんだね。」

 

 校長はめでたく定年退職となった。

 お別れ会みたいなのが開かれていたから、

 教職員内の人望をがっちり掴んでいたのだろう。

 

 「お前、知らんかもしれんからいうが。」

 

 ん?

 

 「椎葉前校長、

  市の教育委員長になったぞ。」

 

 ……は。

 はぁ??

 

 いや、ふつうありえんだろ、それ。

 

 「教育委員は内定してたんだよ。

  うちの市だと、小学校の校長出身者枠が一枠あるから。」

 

 はへぇ。

 それ自体も驚きだが。

 

 「委員長になるはずだった

  おえらいさん元市議会議長が重病になってな。」


 うわ。

 

 「それで、教育庁側が混乱して、

  いっそのことって、マジの互選をやったらしい。」

 

 え。

 ふつう、最初に誰がなるかを決めといて、

 発議だけするだけのシャンシャンな儀式でしょ。

 

 「ふつうはな。

  ふつうじゃなかったんだろ。

  そしたら、そうなっちまったわけだ。」

  

 うわぁ……。


 「お前には隠しづらいから先に言っちまうが、

  正直、困ってる。」

 

 え。

 あ。

 

 「だろ?

  ただの教育委員ならそんな忙しくないが、

  教育委員長は記者会見もせにゃいかん矢面職だ。」

 

 う、うわぁ……。

 教育委員会、まだ骨抜きにされる前だもんな。

 よしあしで言えば悪しになっちまうわけか。


 っていう発想する時点で、

 コイツ、養護教諭の皮被るの無理筋じゃん。

 ただの協力者じゃねぇってわけか。

 

 「私からすると、

  誰かが椎葉さんをハメようとしてるようにしか見えんがな。」


 あぁ。  


 「くらいうち、ってやつ?」

 

 「……お前、絶対おっさん入ってるだろ。」

 

 ご名答っ。


 「……腹立つなその顔っ。

  無駄に可愛らしいのがむかつく。」

 

 なんだそりゃ。

 

 「まぁ、いい。

  お前、くれぐれも余計なことをするなよ。

  今回は正念場なんだぞ。」

 

 ほんと、ぜんぶ言ってくるスタイルだよなぁ。

 

 「トカゲのクビを取りにいくんだね?」

 

 尻尾切りじゃなくて。

 

 「そうだ。

  わかってるじゃ


  ぶっ!?!?」


 ……やれやれ。


*


 「ふふ。

  ふたりとも、そんなにこの席がうらやましいの?」


 ……皐月愛香、

 完っ全に楽しんでやがるな。

 

 っていうか、二人して、首を縦に振ってるし。

 まどかちゃんはともかく、

 なんで文果の顔がそんな真剣なんだよ。

 

 「そう。

  だったら、替わってあげてもいいんだけどな?」

 

 うわ、

 眼の色、変わってる。

 

 「でも、替わるの?」

 

 ぶっ!?

 

 ……う、うわぁ。

 めちゃくちゃ戸惑ってる。

 睨み合わないだけマシだと思うが。

 

 「私、満明くんに、

  そういう関心はないのよ。」

 

 そりゃまぁ、そうだろうな。

 俺もお前にそういう関心はない。

 違う関心ならあるがな。


 「だから、私と仲良くしてくれると、

  替わってあげられるんだけどな?」


 ぶっ!?!?


 こ、コイツ、

 まどかちゃんと文果を交互に見比べてる。

 完全に手玉に取ってやがる。


 「ふふ。

  満明くん、、だよ?」

 

 すっかり混乱してる二人のを前にして、

 しれっと耳打ちしてきやがって。

 

 「いつまでもふたりが睨み合ってちゃ、

  きみも気が気でないでしょ?」

 

 ……まぁ、そうなんだが。

 人心収攬、心得すぎだろ。

 絶対におばさんが中に入ってやがるな。


*


 「転勤族の子ね。」

 

 あぁ、なるほど。

 って、なんで千景さんが知ってるんだ?

 

 「琢磨くんよ。」

 

 え。

 

 「まどかに媚びを売ろうとしてるみたいだけど、

  方向がズレてるわね。」

 

 ……言ってあげればいいのに。

 琢磨さん、めっちゃイケメンの絶対的勝ち組の癖に、

 妙に不器用なトコあるんだよな。

 だから美人局に引っかかったんだろうけど。


 「ふふふ。

  私も、すこし、興味あったのよね。

  なにしろ、きみが混乱させられるような娘でしょ?」


 混乱させられるっていうか、

 俺が混乱してるのは、特異すぎる状況であって。

 

 ……。

 あぁ。

 

 そういうのなきゃ、普通に話せるわけか。

 いかんな。俺もちょっとどうかしてた。

 

 あ。

 そう、か。

 

 だから、か。

 だから、俺の記憶にないわけだ。

 

 転勤族なんて、2~3年で移るんだから、

 クラスが違えば、わかるわけがない。


 ……そもそも、俺が女子、分かってなかったけど。

 まどかちゃんだって、自殺しなきゃ、

 俺の記憶に残ることなんてなかったし。

 

 でも。

 

 「てんきん族の子って、

  ここ、住むの?」

 

 ここは市の中でもやや郊外の住宅地だ。

 駅から4キロちょっとといっても、街の中心街や繁華街とは逆側だし。

 ふつう、駅に近くて、通いやすいマンションとか、

 少なくとも職場に近い場所を借りて住むと思う。


 「……いまさらよね。

  きみに慣れてはきたと思ったけど。」

 

 「?」

 

 「その顔よ、その顔っ。

  

  ……ふぅ。

  ま、いいわ。

  

  確かに、珍しいとは思うわ。

  広い家に住みたかったとかでもなさそうだし。

  借り上げ社宅ってわけでもないのよね。」


 うわ。

 住所、がっちり掴んでやがるな。

 まぁ信用調査に出してるなら当たり前か。

 

 「不自然ではあるけど、気にすることでもないと思うけど。

  あぁ。」

 

 ん?

 

 「駅近にいたくない、

  っていう事情なら分かりそうよ。」


 ん??

 ……

 

 あ。

 それは、たぶん。

 

 「ふふ、

  ほんとにおじさんでも入ってるのかしらね。」

 

 ……千景さんにも、いつかバレるんだろうなぁ……。


 「あぁ、そうそう。

  きみのお父さんの話なんだけど。」

 

 ん?

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