第14話


 ……

 しょうがねぇなっ!

 

 「ねー、

  これ、ゴミすてばにもってげばいーい?」

 

 「!?」

 

 「へー。

  きれいだねー。

  ちっちゃいゴミまで、ぜぇんぶそうじ、したんだね?」

 

 混乱してる。

 混乱してるな。

 

 「えらいね、おじさん。

  ひとがみてないところで、しっかりそうじしてる。

  すっごくいいひとだねっ。」

 

 満面の笑み攻撃。

 小2になっちゃったから、ショタパワーが減ってると思うが。


 「!」

 

 「これからもがんばってねっ。

  じゃあねーっ。」

 

 ……

 

 わざとらしかったかな。

 

 っていうか、ゴミ捨て場なんてどこにあったっけ。

 旧焼却炉の裏だっけ。それとも校舎外だっけな。


 ……

 

 あぁ。

 やっぱり、か。


 あの男、

 、みたわ。


*


 「せーんせっ。」

 

 「あぁ?

  なんだお前、私は忙しいんだぞ。」

 

 仮にも生徒に向かってなんて態度してんだ。

 まぁ、そりゃそうか。

 

 コイツ、養護教諭じゃないんだから。


 「せんせ、さ。

 

  まえ、ふみかちゃんのしりあいが、

  たきがわくんにべんきょうをおしえてくれる、

  っていったとき、

  ちょっと、へんだったよね。」


 「あん?」


 (これ、なにが狙いなんだ?)


 これの、意味と。

 

 「『どうして、滝川友行をするんだ?』」

 

 「……。」

 

 「ふしぜんだったんだよね。

  でも、そのときはなんともおもわなかった。

  

  けっていてきだったのは、こっち。

 

  『用務員の件は、

   んだがな』」

 

 「……っ。」

 

 「どうしてたきがわくんのおとうさんが、

  ようむいんになると、せんせがたすかるんだろう。

  そう、おもってたんだけど。

  

  こないだ、まちでせんせにあったとき、

  せんせはだれをのぞきみしてたのかな、って。

 

  あのとき。

  あそこに、いたの。

 

  このひと、だよね?」

 

 そういったあと、

 ひらいてあった教員名簿を指さす。


 「……おまえ、

  どう、して。」

 

 

 教師歴22年、鴇田幹夫。

 

 ふつうなら、

 まったく、ありえるわけがない。

 

 でも。

  

 先入観抜きで、

 こう、考えてしまえるなら、

 いろいろなことは、繋がってしまう。

 

 まどかちゃんが自殺した時、

 どうして岩瀬朋子は泣いていたのか。

 いたのか。

 

 自分の立場がより悪くなる、ということよりもに、

 なにか、があって、

 警察が入ること自体を忌避していたのなら。

 

 そして、

 その原因を作ったのが。

 

 「だったとしたら?」

 

 「ぶっ!!!!」

 

 うわぁ、

 もうちょっと鉄仮面くらい作ろうよ。

 この人、帰ってから大丈夫かなぁ。

 

 「せんせがわるいんだよ。

  じどうそうだんじょのないじょうなんて、

  ふつうのおとなはあんなにしゃべらないよ?」


 「……くっ。」

 

 「おなじトコ旧厚生省系統だから。

  だよね?」

 

 麻薬取締捜査官本人か、

 その、協力者。

 そんなところかな。

 

 「……

  お前、な。」

 

 「でなきゃ、

  とうちょうなんてきにしないもん。」


 薬の依存症に警戒心が強かったのも、

 俺のクラスの情報に妙に詳しかったことも、

 岩瀬朋子をフォローすることを言わなくなっていったのも、

 いまにして、おもえば。


 「……

  知って、どうする。」

 

 「どうもしないよ?

  ただ、つたえておこうとおもって。」


 「……なにを、だ。」

 

 「ようむいんさんのトコに、

  あっやしいひとがきてたよって。」


 「そんなもの、

  ちゃんと監視カメ

  

  ぶうぁっ!!!」

 

 ……語るに落ちすぎるだろ、コイツ。

 動き方で盛大にバラしちゃってるじゃねぇか。


 っていうか。


*


 「えー。

  岩瀬朋子先生は、

  ご家庭の都合により、退職されました。」

 

 あ、わりとはっきり言うスタイルな。

 

 ざわついてはいるものの、

 誰も残念そうにはしていない。

 小学生はいろいろ素直すぎる。

 

 まぁ、なぁ。

 部屋で所持してるのが出ちゃったんだもんなぁ。

 末端価格30万円クラスで。


 岩瀬朋子をどうにかしよう、

 という構想自体、根底から破綻していたわけだ。

 さすがに隠れ麻薬中毒患者となるとどうにもなりようがない。

 やつれているように見えたのは、心労もあると思うけど、それよりも。

 

 その岩瀬朋子をネチネチといびりつつ、

 聖職者の隠れ蓑を駆使してシロイコナを流していた張本人は、

 依願退職で落ち着きそう。

 

 さすがに、公立小学校の敷地内でお薬を売ってました、

 なんてのを正直に出してしまえるわけがない。

 全国報道されてしまえば、街の評判を地に落としかねない。

 

 教育庁としては総力をあげて揉み消す方針らしいが、

 それと引き換えに、再就職の斡旋などは一切しないし、

 現職を離れたあと同じことがあったら、

 どうぞご自由に、というスタンスだと。


 なんとも生ぬるい微温的な解決だが、

 この時代の田舎はそんなものだろうな。

 

 ……

 

 つまり、前世では、

 白衣の嘘保険医、真瀬つぐみの捜査は失敗してたってことだ。

 

 お薬を売られていた側の一人として

 滝川友行の父親の情報を把握できたかもしれないが、

 アルコール中毒の症状として片づけられていたかもしれない。


 なにより、鴇田幹夫の側に、

 もっと隠す余裕があっただろう。

 

 滝川父に学校内で不自然に接触してきたのは、

 取り込みなおす必要に駆られたから。

 それが、ボロを出すひとつの契機になったわけで。

 

 ……

 ただ、そうすると、

 いろいろ分からないこともある。


 例えば、どうしてそんなことが長きに渡ってバレなかったのか、

 そもそもどこから流れてきたものなのか、

 曲がりなりにも学年主任まで上り詰めたベテラン教師が、

 なぜそんなことに加担するまでに零落していたのか、などなど。

 

 まぁ、それはそれ。

 いろいろ芋づる式に分かることを期待するしかないわな。


 だって。

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