第12話


 「みつあきくん、あがってっ!」

 

 「うんっ。

  おっじゃましまーすっ。」

 

 ……と、ナチュラルに豪邸に上がれるわけだが、

 一年経っても全然慣れないな。

 

 にしても、

 まどかちゃん、楽しそうだなぁ。

 

 「だって、

  じゅぎょうはじまっちゃったら、

  みつあきくんとあえないんだもんっ。」

 

 あぁ。

 クラスが別だからなぁ。

 

 って。

 

 ごくふつうに手を握ってくるなぁ。

 例の小冒険あたりからだけど。

 

 「あら。」

 

 う、わ。


 「ふふ。

  まどかから、でしょ?」

 

 「う、うんっ。」

 

 「そういうところよ、

  そういうところ。」

 

 は?

 

 「ふふ。

  ごゆっくり。」

 

 ……


 な、なんか意味深な笑みだったな、千景さん。


*


 まどかちゃんのクラスも、

 携帯ゲーム機が流行っているらしく、

 男子はすっかり夢中らしい。

 まぁ、無理もないが。


 「その、ゲーム、

  みつあきくんはやらないの?」

 

 あぁ。

 似たようなことを最近聞かれた気が。

 

 そんなの。

 

 「やらないよ。

  

  まどかちゃんとふたりきりであそぶほうが、

  たのしいにきまってるじゃない。」


 「!!」


 だよ、なぁ。

 

 私立に移るまでとはいえ、

 こんな美少女の傍にいられるなんてのは、

 ありえるわけがないんだから。

 

 にしても、目鼻立ち、ほんと整ってる。

 AI美少女の数倍レベルだな。


 別に顔が福笑いみたいな娘でも

 やることは同じだったろうけど、

 単純に眼の保養になるっていうか

 

 ……ん?

 な、なんか、固まってな


 「ば、

  ば、

  ばかぁっ!!!」

 

 え、

 

 うわ、

 なんか、閉められちゃった。


*


 「……はぁ。」

 

 なんですか。

 

 「いや、いいのよ?

  いいんだけど、

  きみ、ほんと、大人になれないんじゃないの?」

 

 どういう意味ですか。

 

 「そういう意味刺されるよ。

  まったく、もう。

  

  まどかは怒ってるわけじゃないわ。

  そこは安心しなさいな。」

 

 そ、そうなのか。

 ほんと、なにが地雷なのか分からないな。

 

 「……ほんと、わからない子ねぇ。」


 そんなに顔をしげしげと覗き込まれましても。

 

 「せっ〇すはわかってる癖に。」

 

 ぶうっ!?!?


 「あははは。

  まぁ、逆よりはいいわ。

  

  そういえば、友加里さん、

  評判いいらしいわよ。

  仕事をそつなくちゃんとやるって。」


 あぁ。

 こういう形で母さんの評価を聞けるのはありがたい。

 

 「だから、

  ちょっと、まずいわね。」


 ん?

 

 「だって、そうでしょ?

  友加里さん、真面目だから、

  仕事を押し付けられてもぜんぶこなしそうだし、

  これ幸いと押し付けてくる輩が出るじゃない。」

 

 う、わ。

 

 「ほどほどに手を抜く、っていうの、

  できなそうなのよね。

  ま、私がいい加減に生きてきすぎちゃったんだけど。」


 ……

 そっか。

 

 そういうことでもあったのか。

 父さんが亡くなったことも、借金もそうだけど、

 あの活動的な母さんが病死したのは。

 

 「ありがとう、ちかげさんっ。」


 「どういたしまして。

  明日、ちゃんとまどかの顔を見に来るのよ。」

 

 「うんっ!

  じゃぁねっ!!」


 「……

  顔は可愛いのよね、顔は。」


 ?


*


 ……あった。

 

 お年玉を投入して日用品を買うっていうのも、

 どうかとは思うけど。

 

 あ。

 そっか。

 ゲーム買ったんだ、前は。

 

 お年玉がどこからか湧き出てくると思ってたんだよなぁ。

 まぁ子どもなんてそんなものだが。

 

 助けられっこ、なかった。

 いっぺん死ななければ。

 

 ……こういうアイテムも

 わかりっこないしな。

 むしろ生きてる時に欲しかったんだが。


 「?

  あなた、なんでこんなところいるのよ?」

 

 は?

 え??

 

 「っ!?」

 

 う、うわっ。

 ぐいっとひっぱられた。

 地味に腕の力あるな。

 

 「文果ちゃん、どうしたの?」

 

 あ。

 

 「な、なんでもないですっ。」

 

 うわ、敬語使ってる。

 あぁ、これが、例の。

 

 ……はは。

 なんていうか、タレント系文学青年って顔だな。

 顔が細長くて、眼が少し横に長いけど、

 目力があって、それでいて退廃的な香りがする。

 

 「そう。

  はぐれないでね。」

 

 「は、はいっ。」

 

 あぁ。

 ちょこちょこと大人しくついてってるなぁ。

 甲斐甲斐しい姿というか。

 

 ……

 っていうか、アイツこそ

 なんでこんなとこいたんだろな。


*


 よし。

 

 「母さん。」

 

 「え。

  なぁに?」


 ……まだ眼がヤバいって感じじゃない。

 単純に仕事を生き生きとやってる感じか。

 それが仇になるなんて、考えもしないだろうな。


 いまはまだ、これだけでいい。

 

 「ちょっと、せなかむいて。」

 

 「えぇ?

  なにかしら。」

 

 よし。

 

 「っ!

  な、なに??」

 

 肩と背中のツボ押し器具。百貨店便利グッツ。

 100均のやつと違って頑丈かつ軽い木で繊細に彫ってあるから、

 小学生の力でもマッサージできる。


 「あぁ……

  いいわ。いい。」

 

 はは。だろうなぁ。

 倒れる前は、これで躰中をグリグリやってもの。

 100均のやつだけど。

 

 人にやってもらえるほうが当然いいんだよな。

 そのための家族なんだから。

 

 「おつかれさま、お母さんっ。」

 

 恥ずかしくて、絶対に言えなかった。

 恥ずかしがる必要なんてなかった。


 伝えるべきことは、はっきり伝えないと。

 いつ死んでしまうか、分からないんだから。


 「……

  ほんとに、みつあきなの?」

 

 ……はは。

 絶対に聞かれると思ってたけど。

 

 「そうだよっ!」

 

 春間満明。

 孝明と友加里の一粒種だ。


 「……

  そう。

  そう、なの。」

 

 「うんっ!」

 

 「……

  ふふっ。

  女の子に、声なんて、かけなかったのにね。

  いっつも影に隠れてたのに。」


 そうだなぁ。

 無駄に恥ずかしがってたもんなぁ。

 だから、まどかちゃんのことだって知らなかったわけだし。

 

 女子なんて、って割り切ってしまえば、

 、ふつうに接することができるんだよ。


 だから、

 こういうことも言えてしまうわけで。

 

 「おかあさん。

  しっかりはたらかなくていいから、長生きしてね。」


 「……?」

 

 あぁ、わかってない顔してるな。

 真面目だから。

 

 「もう、おしごと、えらんでいいんだからね。

  もってこられるもの、ぜんぶうけてたら、しんじゃう、

  

  ……って、おじいちゃんが言ってたっ。」

 

 めっちゃ疑う眼してたな。

 肩、ぎゅっと押しちゃう。

 

 「っ!」

 

 「ちかげさんもいってた。

  ゆかりさん、まじめだからーって。」

 

 「……

  そっちは言いそうね。」

 

 爺のほうはバレてるわ。

 手ごわいなぁ。母は強しか。

 

 「きにしなくていいって。」

 

 「……。」

 

 「おかあさんしんじゃったら、

  おとうさんもぼくも、ひとりだよ。」

 

 「……

  そんなことないわ。

  きっと、再婚

 

 「しないよ。」

 

 「っ。」

 

 なんでそう考えるかな。

 似たもの夫婦め。

 

 「いないよ。

  かわりなんて、いないんだよ。

  いのちだいじに、だよ?」

 

 「でも。」

 

 あぁ、そうだった。

 そういう人だったよっ。

 

 (ごめん、ね

  ごめんね、

  …つ、あき……)


 死ぬ寸前までなっ!

 

 「おかあさん、

  ぼくよりだいじなものなんてあるのっ!」

 

 「!」

 

 「しごとなんて、

  いきてくためだけにあるんだよっ。

  しごとにころされるなんて、

  ぜったい、ぜったいに、だめだよっ。

  

  しんじゃ、だめだよっ。

  あやまるくらいなら、しなないでよっっ!!」

 

 「……。

  満明、あなた。」

 

 ……

 あ。

 

 やべ。

 ちょっと、泣いちゃってた。

 母さんが死んだ夜のこと、思い出しちゃってたわ……。

 

 「……

  ちょっと、つよいわ。」

 

 あっ。

 は、恥ずかしくて、つい。

 

 「……

  ふふ。

  あなたはやっぱり、満明なのね。」

 

 「そ、そうだよっ?」

 

 ……

 これ、

 けっこういろいろ、ばれちゃったんじゃないか?

 

 あぁもう、

 なんか、めっちゃ恥ずかしい。

 頬、熱くなっちゃってるのわかるもの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る