第9話


 ふぅ。

 いちおう、は打った。

 

 最善は尽くすが、さすがにロストしたら終わりだから。

 千景さんが見て、どう動くかは

 怖いもの見たさなところあるな。

 

 よし。

 

 「いくよ、まどかちゃん。」

 

 「うんっ!!」

 

 あぁ、がっつり手、握ってる。

 いろんな意味で動きづらいな。

 精通前でほんとよかった。

 

 っていうか、ロリ癖になる大人、

 わかるわ、これ。

 

 だってもう、なにからなにまで可愛いもん。

 裏がなんもないから素直そのものだし、

 顔の面積に比べて大きめで澄んだ瞳に見上げられ

 

 じゃ、ねぇわ。

 責任重大すぎるぞ、これ。

 

 なんつっても、スマートフォンを持ってない。

 防犯ベル持ってたところで、地図の代わりにゃならんし。

 勢い、道を細部までぜんぶ頭に叩き込むしかないわけだが。

 

 ……

 それができちゃうのよね小学校1年生。

 ぐっすり寝て仕事しないと脳細胞が健康そのものだわ。

 

 前回の裏道ルートが使えないうらみはあるが、

 田舎身分不相応に整備された表通りを抜けていけば、

 なんかあった時に対応はしやすい。

 そのためのなんだし。

 

 といっても、まだ道路、繋がってないんだよな。

 縦断道路、整備終わるのって、俺が死ぬ前くらいだっけな。


 そこそこ危ない小さな道もある。

 俺一人なら走って駆け抜けるだけだけど、

 不安そうにしてるまどかちゃん連れてるとそうもいかんわ。


 いや。

 心配させちゃ、絶対だめだ。

 

 「だいじょうぶ。

  ぼくをしんじて、しっかりつかまって。」

 

 「……

  うんっ!!!」

 

 ……めっちゃ可愛い。

 琢磨さんマジ勝ち組。

 

 仕事なんてやめちまって主夫でもやればいいのに。

 ……っていうわけにはいかんわな、プライドがあるもの。

 ああなんか、わかるわ、いろいろ……。

 

*


 20年後の縦断道路のとっかかりみたいな道から

 六車線の大通りに出る。

 

 駅はもう近い。

 でも、目的地まどか父の職場は駅の裏なんだよなぁ。

 

 あ。

 

 「まどかちゃん、疲れた?」

 

 「……。」

 

 そりゃ、疲れるわ。

 家に引きこもり続けた2年間を送った子が、

 6キロも歩くわけだから。

 

 まぁ、大冒険よな。


 おぶってやりたいんだけど、

 この躰だと、さすがに支えきれない。

 

 とは、いえ。

 こうなることは予想できていたわけで。

 

 「?」

 

 「飴。

  なめる?」

 

 「……

  うんっ。」

 

 糖分、水分補給は地味に大事。

 ペットボトルのある時代でよかったわ。

 なきゃ死んでた。

 

 靴擦れとかもいまんところ奇跡的にないオーダーメイドから、

 あと2キロ弱、なんとか行けそうだな。

 向こういったら車で帰してもらえばいいわけで。

 

 うーん。

 ごく、ごくと水を飲んでるときの

 首筋がきゅきゅっと動く姿まで可愛いっていうの


 って。

 

 「!」

 「!?」

 

 な、

 な、なんだ?

 

 「!」

 

 あ、あれ。

 あの、大通りを超スピード違反して110キロ近づいてくる黒塗りの車っ。


 !!

 

 「おとうさんっ。」

 「と、父さんっ!?」

 

 「まどかっ!」

 「み、満明っ!!」

 

 うわ。

 めっちゃ眼がやばいな、男親二人。


*


 「出てくれって、千景さんが。」

 

 ……はは。

 千景さん、そう来たか。

 想定ルート地図つき画像送信で出しておいてよかったわ。

 取るものもとりあえず血相変えて出てきちゃったわけね。

 

 「きみのことだから大丈夫だとは思うよ。

  思うけど、無謀すぎるよ。」

 

 まぁ、そうなんですけれどもね。

 あそこでまどかちゃんを否定したら、口聞いてもらえなくなりそうで。


 それより。

 

 「どうして、父さんと一緒に?」

 

 父さんは会社に戻ってったみたいだから聞いちゃうけど。

 

 「あぁ、言ってなかったのか。

  はは。」

 

 なんだよ。

 爽やかなイケメンが楽しそうにしてるとイラっとするな。

 

 「いや。安心するよ。

  きみにも子どもらしいところがあって。」

 

 ん?

 

 「まどかをきみの家に遊びにいかせる許可を出す前に、

  千景さんが、きみの家を一通りリサーチさせてね。」

 

 うっわ。

 さすが金持ちはやることが違う。

 

 「そのときに、孝明君の写真を見てたんだよ。

  だから、取引先の営業の人が来た時、

  こっちから声をかけられたんだよね。」

 

 あ。

 ってことは。

 

 「そう。

  それが孝明君だったってわけ。

  ずいぶん子育てに悩んでるようだったよ?」

 

 なんて言っていいやら。

 

 ……まぁ、そうだよなぁ。

 こんなガキんちょ、不気味以外のなにものでもないわ。

 

 「ま、そんな無謀な小学1年生のおかげで、

  会社を早退できちゃったけどね。」

 

 あら。

 いいのか、それ。

 

 「失踪事件の先例があるからね。

  いや、我ながら鬼気迫るものだったと思うよ。」

 

 ……そうなんだよなぁ。

 まどかちゃんがあんな顔しなければ、

 俺の理性は絶対に止める側だったよ。

 

 ……逆に言うと、マジで怖いな。

 31歳のおっさんの判断を覆させちまったんだから。

 傾国の美少女とはこういうものだったんだろうな。


 そっ、か。

 黛まどかちゃん、か。

 

 小3で自殺しなければ、

 どういう娘になっていくんだろうなぁ。


 「あぁ。」

 

 ん?

 

 「孝明君にさ、

  住宅ローンの借り換えを勧めておいたから。」

 

 え?

 

 !!??

 

 な、

 あ、

 あぁぁぁっ!!

 

 そ、そ、そうか。

 そうだ。

 あり、える。

 ありえるじゃんっ!!

 

 無理してローン借りたんだったら、

 借り先側のやばさを把握すべきだった。

 収入側ばっかり見てた。支出側をちゃんと把握すべきだった。

 なんてこった。真っ先に考えるべきことだったのに。

 

 「うちもね、

  きみになにかあると、困るんでね。

  まぁ、僕からすると、痛しかゆしなんだけどさ。」

 

 ん?

 

 「……はは。

  ま、これで友加里さんが

  働きに出る必要はなくなるんじゃない?」

 

 ……

 !

 

 い、いや。

 それは、だめだ。

 

 優雅に安閑を凌げる千景さんと違って、

 本質的に活動的な母さんは、専業主婦に向いてない。

 母さんが病んだのって、パートもそうだけど、

 その前の専業主婦にも精神を病ませる理由があったかもしれない。


 やばいな。

 金銭面に見通しがついても、燻るものを内に貯め込むのは。

 

 ……

 それ、なら。


*


 「ねぇ、父さん。」

 

 「ん?」

 

 うわ。

 闇度があからさまに減ってる。

 高利貸しから逃れられた資産担保ローンんだろうな、きっと。


 「母さん、きれいだよね。」

 

 「あぁ。」

 

 ……愛情が間違って深かったんだな。

 わかる。わかるわそれ。

 

 だから、これを打つ。

 


  「じゃぁさ。ぼく、

   さらいねんくらいに、いもうとがほしいな。」


 

 「……は?」

 

 「だって、

  ちかげさんになんていうの?

  せっかくむりしてしょうかいしてもらったのに。」

 

 「っ!?」

 

 ……はは。

 やっぱり、やめさせたかったってことか。

 この時代から見ても発想が古いわ。

 

 「しごとしながらこどもうむって、

  できちゃうしょくばだなんだって。

  しゅっさんきゅうかもあるらしいよ。」

 

 「……。」

 

 「ぼく、おんなのこがいいなぁ。」


 弟よか妹のほうがいい。

 妄想だけど。実際は仲が悪くなるらしいが。

 

 「……。」

 

 「お父さん。」

 

 「っ。」

 

 「いえにとじこめたって、

  お父さんがあえるじかんがふえるわけじゃないよ?」

 

 「……っ!?」


 「だんちずまのゆうわくってさ、

  ひまなしゅふがつうしんはんばいとかすると、

  きたえてたうんそうがいしゃの

 

 うわ、もういじれねぇ。

 眼が血走ってる。

 

 そりゃそうか。

 妻に借金残さないために自殺するくらいだもん。


 「おかあさんは、ぜったいに、おとうさんをうらぎらない。

  ぼくが、ほしょうする。」

 

 「……。」

 

 「あと、

  しゃっきんはたくまさんにそうだんしてからにしてね?」

 

 「ぶっ!?」

 

 あ。

 やっぱり隠せてると思ってたんだ。

 ほんと、わが父ながら隙だらけだよ。

 

 まぁ、そうか。

 でなきゃ、こんな綺麗な母さんに告白なんてできなかったよな。

 

 俺の勇気の無さは、

 この人が豪快に転んで自ら人生の幕を無惨に閉ざした姿を

 見ちゃったからなんだろうけど、

 いまは。

 

 「……

  そのな、満明。」

 

 「うん。」

 

 「おまえ、

  子どもってどうやってできるか、知ってるか?」

 

 「うんっ。

  〇っくすでしょ?」

 

 「ぶうっ!?!?

  ……あ、あ、あんのジジイぃっっ!!!」

 

 ……はは。

 いっかいくらい、爺ちゃん家にいっておかないとやばいわ。

 


ピカピカの逆行転生は修羅場だらけ

序章①

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る