第8話
「なるほど。
そういうことですね。」
「はい。」
養護教諭の人物評で、
悪いイメージで語られるのは、
教頭と学年主任と体育教師。
一方で、校長は、ほとんどなにもなかった。
単純に、養護教諭の情報網に入ってないだけかとも思ったが、
あれで、相当な情報通だ。
学校の内部に大人の味方が欲しい。
賭けるなら、ここだ。
「たよれそうなおとなが、
ほかにおもいつかなくて。」
定年退職前で暇そうだからとは絶対言わない。
「ふふ。
そのために、
私の机の下に忍び込んでいたんですね。」
この手、意外に使えるな。
背丈が小さいことの数少ない取り柄だ。
「確かに、若い岩瀬先生には、
そこまで手が回らないかもしれませんね。」
じゃぁなんで担任にしてるんだよ。
とは思うものの、そこで聞いたら負けだろう。
いまはそっちよりも、目先の話を。
「……
家庭内暴力、ですか。」
「はい。
かていないぼうりょくのあるせいとを
うけもってしまったことは、
せんせいのせいじゃないとおもいます。」
「……。」
しまった。
コイツもやっぱりそう思う昭和の人間なのか。
「いえ。
その通りですが、
どうやら君は、私の想像以上に利発な方ですね。」
う。
しまった。このリアクションが普通なんだ。
まわりの大人が順応性が高すぎて麻痺してた。
「ありがとうございますっ。」
「……ふふ。
そういう姿は可愛らしいんですがね。」
やべぇやべぇ。
天使の微笑みが全然通じてない。
っていうか、これ、いま時期だけの特殊スキルだよな。
これに頼れる時期は長くてもあと2年くらいか。
「わかりました。
耳に入れておくとしましょう。」
……
なかなか政治家だな。
校長にしてみれば、
教頭や教務主任も指示対象になる部下だし、
指令系統を乱したくはないんだろう。
まぁ、いいか。
やらないよりはマシ、という程度のことだし。
*
ふぅ。
いろいろあるわ。
父さんのこと、母さんのこと。
千景さんのこと、琢磨さんのこと。
岩瀬朋子のこと、滝川友行のこと。
絞り込んでもこれだけあるもんな。
なにより。
「……。」
まどかちゃん、
俺の部屋で完全にくつろいじゃってるんだよな。
あっちの部屋のほうが遙かにアメニティいいだろうに。
っていうか、
平然と手を出すようになってるっていうね。
……
ん?
え。
そっちに置いてある本とかって、
〇藤〇劃とかじゃん。
そんなグロいの
じゃなくて、
小学校一年生、だよね?
「まどかちゃん。」
「うん。」
「それ、なかみ、わかるの?」
「うんっ!」
げ。
やべぇな。
わけのわからない英才教育になっちゃってる。
っていうか。
そういうの、考えもしなかったけど。
*
「やってないわよ、そんなの。」
あれ。
そうだったんだ。
「あの娘の部屋、入ってるでしょ?
おもちゃしかないじゃない。」
「ちいくがんぐとか、ないんですか?」
「ないわよ。
……それどころじゃなかったんだから。」
ん?
あぁ。
「ゆうかいされたんでしたっけ。」
「……
それ、どこから。」
まどかちゃんが自殺した後の
噂話の断片的な情報をふらっと思い出せただけ。
これを先に思い出せてれば、最初の行動は違ってたわな。
「まぁ、いいわ。
そうよ。
だから、きみのことも、
最初、すっごく疑ったわ。
最初だけね。」
まぁ、そりゃそうだわな。
「最初にきみがまどかの部屋に入った時、
きみの行動、隠しカメラから見てたのよ。」
え。
あったんだ、そんなの。
「いつ本性を出すかってずっと見てたのに、
ずーっと人形遊びにつきあってるだけだったから、
拍子抜けしたわ。」
(やっぱり、思い過ごしだったのかしら。)
あれは、そういう意味だったのか。
うわ、怖ぁっ。
「それに、家の中も外も荒れてたしね。
「つつもたせ、こわいね。」
「……ほんとよ。
一種の精神的強姦だったわ。
つまらない男の生理を利用して。
って、
小学校一年生の男の子を前に言うことじゃないわね。」
「いまさらだよ、いまさら。」
「……ふふ。
小一の男の子はね、
そんな風に気、使えないものよ?」
うわ。
どうリアクションして良いやら。
「まぁ、その分、
別の感受性は鈍く育ってるかもしれないけど。」
ん?
「なんでもないわ。
まどかがきみの部屋にいたいなら、
そうしておくといいわ。
きみなら、手出しとかしないでしょ。」
「しないよ。」
小一になにができるのよ。
「そういうところよ。
ほんと、きみって、どうしようもないわね。」
?
*
「あいうえおが言えなかった。」
うわ。
「ようちえんにも、ほいくえんにも、
いってなかったんだって。」
……うわぁ。
まぁ、確かに義務じゃないけど。
「……しんじられない。」
そうでもおかしくないと思ってた俺と、
生まれてはじめてそういうものを見る柏原文果では、
衝撃が違ってて当然か。
それより。
「おしえてくれたの?」
「……うん。
おもしろがってた。」
あぁ。
「いいひとだね。」
「……うん。」
うわ。
恋する乙女の顔ってこんなか。
小一なのに、ほんとませてるなぁ。
*
え?
「だ、だめ?」
ふつう、だめ、だよな。
小1が、街に出るって。
「だ、だって、
みつあきくん、おとうさんにあったって。」
ぶっ。
なに話してるんだよ琢磨さんわっ。
「おとうさんの働いてるところ、
みてみましょうって。」
「じゅぎょう?」
「……うん。」
……
そんなもんできるのは自営業者くらいだぞ。
田舎っつっても街中はまぁまぁのビル街だから、
危ないだろうに。
「……。」
あぁ。
わかる。
おどかしたいんだ。
そう、言えなくて困ってる。
「……。」
うわ。
なんて切なそうな顔。
……
だめ、だ。
なんていうか、瞳を見ているだけで、胸の奥を抉られるような。
危険だって、わかってるのに。
理性は、絶対にやめろと言っているのに。
くっ。
……
しょうが、ないな、
もうっ。
「ぼくのてを、
ぜったいに、はなさないで。」
「うんっ!!」
え。
がしって掴んできたぞ。
ま、まさか、
狙いは、こっちっ!?
そんなもん、パパ涙目になるじゃん。
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