第6話


 ……


 あっ!?


 そう、か。

 どうしていままで、思い出せなかったんだろう。

 

 あの担任、

 小3の時、まどかちゃんの担任だった人じゃんか。


 まどかちゃんが自殺したとき、

 泣いてばっかりいた記憶が朧気にある。

 あれは、まどかちゃんが死んで悲しいんじゃなくて、

 自分の立場が無くなる哀しさってことだったのか?

 

 ……

 ってことは、

 あの担任をどうにかしないと、

 まどかちゃんに累が及ぶってことは、十分ありえるのか。


 ……

 なかなか、慣性が強いな。

 

 小4までに、

 父さんの自殺を防ぐことを固めきらないといけない。

 とすると、いまから先回りして動いておいて損はないわけか。

 

 んでも、それこそ、誰にも相談しようがないな。

 千景さんあたりにぜんぶばらしてしまいたくなるけど、

 さすがに信用されなそう。


*


 「おまえ、

  おんなといっしょにかえってるのかよっ。」

 

 あぁ。

 こういうやつ、ほんとにあるのか。

 田舎だからなのか?

 

 「そうだけど。」

 

 「けっこんか? けっこんすんのかっ」


 困る姿が見たいだけなんだろうなぁ。

 前頭葉が発達してないから。

 

 「だったらいいけどね。」

 

 「!!??」

 

 できないわな。

 身分格差、ありすぎるわ。

 

 「だっせぇ。」

 「はっずかしーっ。」

 「けっこん、けっこんっ。」

 

 ……はは。

 

 「じゃぁ、きみたちは、

  いっしょう、『どくしん』だね。」


 「は。」

 「な、なんだよ、それ。」

 

 「しらないの?

  ずぅっと、ずぅっと、ずぅぅっと、

  ひとりで、ひとりだけで、なんじゅうねんもくらすんだよ。

  

  あさも、ひるも、よるも、ねるときも、

  まいあさ、まいあさ、まいあさ。

  いちねんも、じゅうねんも、なんじゅうねんも、

  ひとりで、ひとりだけで。

  

  そうじも、せんたくも、ひとり。

  ごはんたべるのも、ひとり。

  あそぶのも、ひとり。

  

  まいにち、

  まいにち、まいにち。


  ずうっと、

  ずうっと、ずううっと。


  ひのささない、しずぅかな、

  ごみだらけの、まっっくらなへやで、

  ひとりっきり。」

 

 「……。」

 「………。」

 

 「おんなのこにきらわれつづけて

  いっしょうどくしんでいたいなら、

  どうぞごじゆうに。

  

  じゃあね。」

 

 ふぅ。

 こういうランダムイベントあるわけか。

 めんどくさいな小学生。マジで早送りしたい。


 「ごめんね、まどかちゃん。

  いこうか。」

 

 「!

  う、うんっ!?」


 ん?

 なんか、顔、ちょっと赤いけど。

 熱でもあるのかな。


*


 「お前のクラスの男子、

  お通夜みたいに静かになってるけど、どうした?」

 

 一生独身の呪いが思いのほか堪えたらしいな。

 前世の俺だけど。

 

 「まぁ、朋子ちゃん、

  やりやすくなったのは良かったけどな。

  お前に言うのもどうかと思うが、

  担任で粗相があると、いろいろ吊るしあげられるんだよ。」

 

 なんだそりゃ。

 

 「クラスががちゃがちゃしてるとか、

  学年主任に見られると、指導対象になる。

  ほんとに技術指導してくれるんだったらいいが、

  ただネチネチ精神的ないびりを受けるだけだからな。」

 

 ……それで、か。

 

 あぁ。

 だから、か。

 

 たぶん、それでまどかちゃんが

 虐められた時、なにもしなかったんだろう。

 バレたほうが点数が下がるなら、バレないほうがいい。

 医療系以上の闇体質だわ。

 

 「ここなんてまだいいほうだぞ。

  やべぇ校区に赴任したら地獄だ。」

 

 それもあるのか……。

 

 「戦力外、ってなったら、

  囲い込みの対象外になるからな。

  そういうところに配置されちまう。」

 

 ほんとクソだな、公立小学校教師。


 「せちがらいね。」

 

 「まったくだ。

  って、お前、どこでそんな言葉覚えてくるんだよ。」


 「おじーちゃん。」

 

 「……。

 

  滝川友行だったな、お前の言ってた子。

  一応、調べたぞ。

  正直、黒に近いグレーゾーンだと思うが、今更だな。

  

  端的に言う。

  児童虐待だ。」


 ……。


 「ただ、規定通り通報したほうがいいのかは、正直、わからん。

  うちの県の児相も人、足らんしな。

  中途半端な家庭指導されたら、かえってややこしくなる。」


 「そんなこといっていいの?」

 

 「今更だっつってんだろ。

  盗聴器は全部外してあるぞ。」

 

 あったのかよっ。

 ただの公立小学校に、誰が、何の目的で。

 でもって一養護教諭がなんで外せるんだよ。

 

 「行動療法とかの領域だと思うが、私も素人だしな。

  長く通院させられるような家じゃねぇだろうし、

  ったく、めんどくせぇなぁ。」

 

 詳しいよな、この人。

 ただの養護教諭とは思えないんだが。

 

 「せんせ、どうしてせんせいやってるの。」

 

 「は?

  ……うるさいな、まったく。

  大人には大人の事情ってもんがあるんだよ。」

 

 そこは子ども扱いしてくるわけか。

 まぁいいけど。

 

 「だいたい、下手に通報したら、

  朋子ちゃん、死にそうだしな。

  絶対、上から責められる。」

 

 えぇ??

 生徒の家庭事情なら関係ないじゃん。

 

 「めんどくさい都合悪いことがでてくると、

  目の前にみえるもののせいにしたがる奴らが多いんだよ。

  教頭みたいな昭和にどっぷり染まった奴らは特にな。」

 

 ……。

 老害、か。


*


 暴れてた連中が少し大人しくなったとはいえ、

 給食が終わってから次の授業までの間は、

 まぁまぁうるさくはなる。


 あ。

 あの娘、こないだ男子を叱った子じゃないか。

 

 うわ。

 髪、ばっざりぱっつんにして、

 真剣な表情で文庫本読んでる。

 

 いかにも勉強してます、って感じだなぁ。

 そのまま女子大とか進学しそうな。

 

 ……

 なに、読んでるんだろ。

 

 へぇ。

 純粋理性批判古典的哲学本、か。

 

 

  『じゅんすいりせいひはんっ!?』

 

 

 あ、

 やべ。

 あんまり驚いたもんだから。

 

 いや、だって、

 どう考えたって小学校一年生が読む本じゃねえぞっ。

 

 しかもあれ、古い文庫本じゃん。

 絶対現代語訳になってない。

 

 「なかみ、わかるの?」

 

 「わ、わかるわよっ。」

 

 あ、分かってないな。

 定言命法は? とか、詰めてもいいんだけど。

 

 「な、なによっ。」


 絶対、得をしないタイプの読書をしてる。

 なにか、事情があるんだろう。

 

 「だれにおそわったの?」

 

 「だ、だ、

  だれでもいいでしょっ!」

 

 「ふぅん。」

 

 あぁ、

 この娘のこの感じ、ひょっとして。

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