第5話


 ……

 これは、考えるべきだったな。


 共働きになると、当然、

 母さんがやっていた家事の負担が出てくる。

 

 炊事、掃除、洗濯。

 どれも小1でできることは限られている。

 このカラダでは、皿を洗うのも危なっかしい。

 掃除機のほうが全長が大きいくらいだし、

 クイックルワイパー的なものを持つのすらやっと。

 

 週末に母さんが律儀にぜんぶやろうとして、

 ちっとも休めていない。

 いかな母さんが活動的なほうといっても、限界に近い。

 これでは、母さんのほうが先に倒れかねない。

 

 共働きをしぶしぶ合意させるのが精いっぱいで

 家事なんて絶対やらないだろうしなぁ。

 悪意じゃなくて、面子の問題として。

 

 あぁもう、もどかしいなっ。

 早く背が伸びないものか。


*


 「そんなもの、

  家政婦さん入れればいいじゃない。」

 

 うわ。

 さすが黛家の御令嬢、とんでもないこと言ってるな。

 

 「きみが思うほど高くないわよ。

  一回五千円から一万円くらい、

  月で四~五万円くらいかしら。」

 

 十分高いわ。

 父さんの月の昼食代の二倍強だよな。

 ほんと、世知辛いなぁ。

 

 「二年間だけよ。

  きみの体が大きくなるまで、でしょ?」

 

 あ。

 まぁ、そういう考え方はありえなくもないか。

 見た目に反して、意外に柔軟なんだよな。

 

 「ふふ、男の子は嫌がるんじゃないの?

  もっと遊びたいぞーって。」

 

 「だいがくにはいったらあそんでいいぞって。

  おじーちゃんが。」


 「……

  10年以上先の話よね。」

 

 「うん。」

 

 いっぺん30まで生きてるからな。

 10年なんて短く感じるわ。


 大学、かぁ。

 いってみたかったなぁ。


 「……

  まぁ、友加里さん満明の母親説得するの、難しそうよね。

  生真面目だから。」


 それは千景さんも同じでしょ。

 心配しすぎてまどかちゃんを軟禁してたんだから。


 「まぁ、食事くらいは

  なんとかしてあげられそうね。」

 

 なんとか?


*


 「つくりすぎたんだって。」

 

 「い、いや。

  そうだとしても、これ、安いもんじゃないぞ。」

 

 だろうねぇ。

 これ一食で、前世の俺の昼食代10日分くらいは掛かってるわ。

 

 「しゅみでりょうりしてるから、

  あまらしとくのももったいないないから、

  たべてくれって。ちかげさんが。」

 

 「……。」

 

 「そのかわり、

  まどかちゃんのおくりむかえ、

  ちゃんとしてねっていわれたよ。」

 

 余計な紛争を未然に防ぐ。

 でないと、いろいろ申し出てしまいそうだから。


 はっきりいって、こっちのカネじゃ返せないんだよね。

 カネの感覚、二桁くらい違うんだから。

 

 「あ、あぁ。」


 「あ、おとうさん。

  ごみだけ、だしてくれる?

  ぼくのしんちょうだと、だせなかったから。」

 

 「あ、あぁ。

  それくらいは、まぁ。」

 

 このへんがこの時代の男の限界なんだよな。

 前世ではこれすらしなかったんだから。


*


 小学校のクラスの中では、大人しい子を演じている。

 少〇探〇団的なものを作る気はさらさらない。

 ストーリーの都合上とはいえ、あんな目立つことをして、

 命知らずにもほどがある。

 

 脳をやられてたこともあるんだろうけど、

 小1の時の記憶なんて皆無だわ。

 誰が誰だかわかりゃしない。

 

 ということは、小1のクラスの子は、

 一生の縁はないのだから、

 覚えなくても良いということでもある。

 

 なら、空気になったほうがいい。

 

 ……

 とは、いえ。

 

 騒が、しい。

 子どもだから当たり前なんだが。


 幼稚園スタートじゃなくてまだ良かったかもしれないけど、

 幼稚園6年制って言葉もあるくらいだから、

 小3までなんて幼児の延長線なんだよな。

 

 教師も若いよなぁ。25くらいかな。

 完全に子どもに遊ばれてる。

 統制できてないんだろう。

 

 「そこのだんしっ!」

 

 あら、髪ぱっつんな女子が、

 机を叩いて毅然と叫んでる。


 「たきがわくん、しずかにしてっ。」 

 

 でも、全然聞かないな。

 そりゃまぁ、そうか。

 あれはもう多動性なんちゃらの域だと思うが、

 そういうの、知られてないだろうなぁ。

 なんせ田舎だし。

 

 あぁ、あの教師、もう折れかかってるな。

 見ないようにして、

 伝達事項を機械的に読み上げるだけになってる。

 これからの授業もあるってのに。

 

 なるほど、教科担任制のほうが

 システムとして優れてるわ。


 っていうか、改めて考えると、

 25歳で1年生担任させられるのって大変だわ。

 5~6年生のほうがラクだと思うけど、

 年寄りの教師が嫌がるから押し付けてるだけかもしれないし。

 

*

 

 なので。

 ここから、攻めてみる。

 

 「そうだん、できないの?」

 

 「……ほんと、お前、

  子どもらしくないよな。」

 

 白衣の養護教諭、真瀬つぐみ。

 小学校の階層システムから少し外れた存在。

 

 「先生が子どもの心配をするなら分かるが、

  その逆ってのは、そうそうないぞ。」

 

 「だって、しんぱいなんだもん。」

 

 「……

  顔は可愛いんだよな、顔は。」

 

 清潔感、心がけてますから。

 

 「さわがしい子はおくすりのめばいいって、

  おじーちゃんが言ってた。」

 

 「ガキになに教えてんだよ……。

 

  ……。

  薬は、最後の手段なんだよ。

  大人向けの薬を下手に処方すると依存が出る。

  子どものうちから複数の向精神薬を併用すると、

  大人になって手に負えないこともあるしな。

  

  おそらく家庭環境に問題があるんだと思うが、

  それをこっちから言うと、朋子ちゃんが死ぬ。」

 

 朋子ちゃん。

 担任の教師の名前。

 

 ってことは。

 

 「せんせいのほうが

  ともこちゃんよりとしうえなんだね。」

 

 「おま、

  そういうことぜってぇ言うんじゃねぇよ。」

 

 態度悪いなぁコイツも。

 小1相手にムキになって。

 

 「絶対小1じゃねぇだろ、お前。」

 

 そんなことないって。

 〇つひ〇くんみてみ? 博覧強記にもほどがある。

 そうでなくても、子役みたいに、大人の廻りに囲まれた子は、

 大人びた子が多くなる。

 

 「はぁ。

  そういやお前、友達いないもんな。」

 

 失礼な。

 作らないようにしてるだけだっての。


 ん?

 あ、れ?


 ……


 あっ!?

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