第2話
多すぎず、少なすぎず。
週に一日程度、
自然な風を装って遊びに来続けると、
優雅なる専業主婦、マダム
「きみくらいの男の子なんて、
女の子と遊んだって楽しいことないでしょうに」
金持ち一流の無遠慮さだが、
追い払いたいわけでもなく、
思ったことを天然で言っているだけ。
ただ、答え方が難しい。
下心なく、かつ、地雷を踏まないように答える必要がある。
そして。
「ううん、おもしろいよっ。」
なにも言わない、という手が、一番効果がある。
雄弁は銀、沈黙は金というし。
「……ふふ。
ほんと、何が楽しいのかしらね。
じゃぁ、お留守番、お願いね。」
「はーいっ。」
……
この手が通じるって、
ほんと、子どものうちだけだろうな。
なるほど、無敵だわ〇ナ〇君。
*
「どうしてかえってきてくれないの?
わたし、こんなにまってるのに。」
……ドロドロ、だわ。
これ、たぶん、千景さんが言ってるんだ。
とすると。
「いそがしいんだよ。」
「いそがしいいそがしいって、
なににいそがしいの?
よそにおんなでもつくってるんじゃないの?」
ぶっ!?
「そ、そんなことあるわけないだろう。
しっけいな。」
うわ、なんか、ツボに入ったらしい。
めっちゃころころ笑ってる。凄まじい可愛さだわ。
「しっけい、って。
いい。おとうさん、いいそう。」
……
モロじゃないか。
それなら
「そとではたらいているのは
おまえたちをやしなうためにだな」
「どうだか。
そんなこといってるけど、
どこにいってるかなんかわかりゃしないわ。」
……
そういうこと、なんだろうな。
まぁ、千景さんはちょっと性格がキツそうだから、
帰りたくないっていうのはわからんでもないけど。
「なによ。
わたしをうたがってるの?」
……は?
「わたしはもう、だれもいないわ。
あなたとちがって。」
……物凄いドロドロ昼ドラだな。
なんていうか、鬼気迫る演技。
うさぎの人形っていうよりも、完全に、こっちを見てる。
つまり、千景さんも一度浮気をしたことがある。
それ以来か、その前からか。
どっちにしても、夫婦仲は危機的な状況だろう。
俺が遊びにきた時に出かけている先も、あるいは。
「いいわ。
わたしももう、こんなのいいたいわけじゃないから。」
うわ。
ドアを閉めて、部屋にいくところまで再現してる。
子どもはなんでも見ていると言うけれども。
ここまで、くると。
……よし。
「見ちゃったんだね、まどかちゃん。」
ふみ、こんだ。
こどもらしく、無遠慮に。
「……っ!!」
いつ、なにを、どうして見たか。
聞き出そうとすれば、かえって、喋れなくなるだろう。
でも、
誰かに、伝えたかった。
誰かに、知って欲しかった。
あぁ。
小さなこぶしを握り締めながら、震えている。
こんなに豊かな家にいて、
こんなになんでも揃えて貰っていても。
この娘は、傷ついている。
どうしようもなく、深く。
……
まどかちゃんの自殺の遠因の一つは、これだろう。
そして、これは親同士の問題であり、
子どもの側からは、どうすることもできない。
それを説得するのは、まだ早い。
究極、その必要すらない。
だから。
「っ!?」
後頭部を、できるだけ、優しく。
つつみこむように。
「髪、さらさらだね。」
思いのほかさらさらした髪からは、
娘の髪の手入れに余念がないだろう千景さんの
不器用な、届きづらい愛情を感じる。
インターフェイスが悪すぎる。
「まどかちゃんのおかあさん、
おとうさんのこと、すきなんだろうね。」
「っ!」
あ、
ぶわっと、
涙が、溢れて
……
うわっ。
抱きつかれたのはいいんだけど、
おもっきり、鼻水、拭われてる。
……
ふふ。
いや、ほんと。
哀しいことなのに、
辛いこと、なのに。
どうにも、かわいい。
*
さて。
まどかちゃんは泣き疲れて寝てしまった。
千景さんは出かけていない。
この広い豪邸の中を、自由に動き回ることができる。
今回の目的地は一つ。
余計なことをすべきではない。
……
ここ、だ。
鍵も、掛かってない。
……
さすが。
かなり豪華な書斎だが、まるで使われてない。
さて……と
机の引き出しは、すべて開く、か。
……。
うん。
あった。
これで、間違いない。
……よし。
さすが小学一年生、海馬記憶完璧だ。
頭の中で内容を簡単に再現できる。
前世末期の不眠ボケ脳とはえらい違いだ。
裏目に出るかもしれない。
ただ、なにもしなければ、この夫婦は、確実に別れる。
千景さんはまどかちゃんを今以上に支配し続けるだろうし、
情操を表に出せないのに容姿が異様に整ったまどかちゃんが、
男性からは狙われ続け、女性から疎まれ、虐められる。
自殺に至る要素に事欠かない。
それなら、
思い切って、攻めるだけ。
どっちみち、こっちを落とせなければ、
うちの側も片付くはずがない。
やるなら、
この手しか、ない。
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