第2話 ドォズナ神、降臨

『主よ、前言撤回!このまま東進する!!!』


 ドゥーニア愛馬の念話に頷くこともできない。

 戦闘機じか乗りマッハ2を超える高速飛行による空気抵抗に、態勢を低くして耐える。

 それでも背後からは白い光が追ってくる。

 神の光ノル・コダと同系統の力と感じてはいるが、圧倒的なエネルギーに身の危険を想定する。

 表面摩擦抵抗もあるため、愛馬と自分に加護を与えて守る。

 打つ手は打って、光の速さで迫る天命を待ちながら、東方へと全力退避する他ない。


 地上では黒い異形の群れが西から順次光に滅していく。

 暗雲が消し飛ぶ。

 死の黒土に緑が息を吹き返す。


 しかし――。

 前方約300メートル先に紫電の壁があった。


 後方から迫ってきた白い光はすでにサレハたちよりも先に到達した。

 紫電の壁も、ハリルの放った光の中に瞬時に消失する。

 その向こうには、すでに二枚目の障壁が見えていた。






「力を与えた僕が、ハジュマ召喚されて呼ばれてしまうなんて」


 旧モフセン王都ランツはすでに跡形もない。

 ドォズナ神の象徴である黒い球体もノルダール枢機卿の姿も消し飛んでいた。

 ランツ都門外に元モフセン王国の生存者の建てたバラックは、魔法陣同士がぶつかって砕け飛んだランツ都門などの瓦礫によって全半壊していた。


 上空にいるサイードには、生き残った住民が見えていた。

 退避する者。

 泣き喚く者。

 倒壊した建物の下敷きになった者を救出しようとする者。

 火の延焼を食い止めようとする者。

 ただ茫然と立ちすくむ者。


「あ……」と思って、右手を上げた。

 サイードは生き残った民のために、成せることをしたいと思っただけだ。


「「「「ギギタの息子よ、まだ終わっておらぬ」」」」


 四人の巫女に声を掛けられた。

 火の巫女ならば、凍える者に暖を与えればいい。

 水の巫女ならば、上がる炎を止めればいい。

 土の巫女ならば、風雨を凌げる穴をつくってやればいい。

 風の巫女ならば、飛んでくる瓦礫を吹き飛ばしてやればいい。

 サイードは傷を負った者に治癒を施したかった。




「これはが罪を犯した僕に与えた罰か?」


 さっきまで亡者が治めていたランツの街――その中央。

 ノルダール枢機卿が立っていた場所にいるは心痛に顔を歪めて、呟いた。


「悪く思わないでほしい」


 同時に、黒い影が大地に広がる。

 目には見えないがサイードの上に落ちてきた。


 ハリルが咄嗟に光を放つ。

 見えない力に押しつぶされそうになるサイードの身体が軽くなる。

 しかし、サイードが救いたいと思った人間は皆、瞬時に押し潰されていた。


「「「「何をしている!?神子を手伝え!」」」」


 四人の巫女たちからの叱責に、サイードも我に返る。

 そして、自嘲した。


 ――狂気の不死王が、今さら他人ひとを助けたいと思うのか


 と。

「人々を助けなければ」と思った、自分を嘲笑わらう。


 それは、エラム帝国皇帝としてではない。

 彼らは帝国民ではない。

 国は関係ない。

 人間として、生き残った人間を助けたいと思った。


 多くの罪なき人々を戯れに殺してきたが。


 ――余は死んでもおらぬのに、生まれ変わることもできたのだな




 右手を上げ、再度「光あれノル」と唱えた。

 白い光の五芒星が再びハリルを中心に展開する。


 地上にいるが悲しげに、上空こちらを見上げていた。


 そのは、男か女か――判別がつかない。

 中性的な風貌をしていた。

 瞳は慈愛に満ちた瑠璃色をしている。

 銀糸のような美しい髪を靡かせていた。


 そのを、サイードは知っている。




 ナギル・ルルーシュだ。

 ギギタを自らの肉体に受け入れる前のナギル・ルルーシュが立っていた。




 しかし、あれはナギルであるはずがないと、サイードは思う。

 両の瞳は、ハーラと同じくあおい。 

 それに、サイードの妻となったナギルは今、まさに、二人目の子を産もうとしている。

 サイードがランツを訪れる直前、すでに陣痛が始まっていた。


「陛下……。ランツへ。ランツへ。ランツへ、行ってください」


 新たな生命いのち現世この世に産み落とそうとする痛みに、玉の汗を額に浮かべ、ナギルは言った。


「ハリルと……。巫女たちを連れて。早く……。早く!僕の代わりに!!!

 そうでなければ……そうしなければ……――――――」

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