第3話 兄弟、見える

「お母さま……」


 ハリルがグズり始めていた。


「私にはできない!できない!!!できないよぉぉぉぉぉぉ!!!!!

 お母さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 そして、遂には絶叫し、号泣してしまった。

 宙でぶつかり合っていた白い五芒星と黒い逆五芒星の陣が砕けた。


加護をバルカ!」


 サイードは唱え、自らと娘を守る。

 同時に、幼い身体を両腕に取り、胸に抱え込んで庇う。

 黒い逆五芒星の中央は、どこまでも黒い。


 深い闇に飲み込まれても、不死者自分は生き返るのか。

 それとも――


 魂ごと消えてもいいと、サイードは思った。

 娘さえ、助かるのならば。

 しかし、助けられるのか、不安しかない。




 サイードが覚悟したと同時に、強い神の光ノル・コダが落ちた。

 稲妻のような一閃で、逆五芒星の中央にある新月が砕け散っていた。


 地上にいるが闇を纏って後方に退くのが見えた。

 白い光はだった。

 着地前に槍を背中に戻して抜刀するや、を薙ぐ。

 は浮いているらしい。

 後方に滑っていくが、神の光ノル・コダを纏った男が追撃しながら、刀を一振するや神の光ノル・コダを飛ばす。


 の前に黒い障壁が出現した。

 神の光ノル・コダは阻まれたが、白い光を放っている男が持つ白炎の上がった曲刀に両断された。


 呪の問題ではない。

 圧倒的なフィジカルの違いで、が追い込まれているのが見て取れた。

 それはからの教えにより神の光ノル・コダを使いこなせるようになってしまったサレハから、自分が反撃を食らうようになったようなものだと、サイードは理解した。


 ――あれは、もしや……


 サイードは気付いた。

 槍を背中に戻す仕草がサレハと同じだ。

 サレハ殺戮兵器を彷彿とさせる動きに加え、さらに無駄がない。速い。






氷壁ディバリャキ


 水の巫女スォの声で気がついたが、遅かった。

 ハムザが振りかぶって薙いだ戦鎚に、氷壁だけでは砕け飛び、サイードの頭蓋が弾けた。

 首がだらりと伸びている。

 頚椎が外れていた。


「かわいい女の子だねぇ。

 ナギル・ルルーシュ憎たらしい女そっくりじゃないか」


 父親の脳漿の混じった血飛沫ちしぶきを浴び、目を見開いた幼女は声も出せない。


「はじめまして。

 僕はキミの叔父さんだよ」

聖炎ショレ・モダス


 ニタリと嗤ったハムザの額に縦に亀裂が入った。

 第三の眼が開く前に火の巫女レタが白炎を放つ。


降下ネゾル


 風の巫女フィが自らとともに、父の頭が叔父と名乗る男に砕かれたことにショックで思考停止してしまったハリルとサイードを地上に降ろす。

 戦神が、地上に降臨してしまったドォズナ神を追撃している間は、安全と判断した。


 しかし、錫杖の音がした。


石弾ゴロレ・サン


 地上にいる盲人の持つ錫杖には黒球が膨れていた。

 金色の雷を纏っている。

 地の巫女ノキノが放った無数の石弾は尽く黒い球体に飲み込まれた。


 フィとノキノ、そして共に降りてきていたハリルとサイードめがけて、ドォズナ神の力を帯びた球体が飛ぶ。


聖炎ショレ・モダス

慈雨ジョ


 レタの白炎が球体を捕らえたが、球体の勢いは止まらない。

 スォの聖なる雨もドォズナ神の力には及ぶはずもない。


岩人形アロースク・サンギ


 ノキノ放った身代わりの巨大な土人形に闇が絡みつく。

 人形が身代わりとなって消え去ってくれればいいと思った。


魂よ、宿れルヒ・アスキ二・フナ


 闇に囚われた巨大な土塊つちくれを前にして、ハジュマは冷静だった。

 ノキノの呪を器に、新たな攻撃手段を創造する。


囚われの魂ルアシラ


 首から上がなくなっていてもサイードはハリルを抱いたままでいた。

 頭蓋が砕けたはずの父親の声がして、ハリルは思わず頭を上げた。

 父の身体は再生していた。

 右手が上がっている。


解き放たれよコダート・ラーザド・コン安寧の地へバー・マカニ・アラム


 亡者の魂の器になろうとしていた土人形が崩れ去る。

 土の塊が崩れとともに、砂塵が舞う。

 砂嵐を隔てて、異母兄弟は黙したまま対峙していた。


 互いの姿が見て取れたとき、ハジュマが口を開いた。


「兄上ですか。

 そのお姿を直接拝見したのは、ごく最近のことです」

「そうか。覚えていなかったか。

 余が知るお前は赤子だった」


 年の離れた兄弟がまみえたのは、帝都ガパが崩壊したとき以来だ。

 そして、会話をしたことは、約三十年来、ない。

 ロンミが生まれて初めてのことである。

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