第六部第二章:649年

タサ東部要塞以東

第1話 神 vs 皇女とその保護者

 ドォズナ神の象徴を飲み込んだノルダール枢機卿の足元に広がる魔法陣は広がり続けていた。


『主よ!遠慮をするな!!!今は退避だ!!!!!』


 主人が、愛馬に命じられている。

 しかし、その通りだ。

 サレハはドゥーニアに傷を負わせてしまったことを悔いていた。


 神の光ノル・コダを合わせて白龍に変じたドゥーニアに飛び乗る。


 ――全速力について来れるか?


「私をなんだと思っているのですか?

 私は守護する者ハミアの能力に合わせているですよ?」


 見た目が柔らかく温和な地の巫女から冷たい言葉が返ってきた。

 サレハの思っていることは、口にせずとも伝わっている。


「あと、ついでに言っておきますが――。

 巨乳だなとか。そういう眼で見ないでいただけますか?

 実に不快です」


 サレハは黙した。

 告白すらしていないのに、フラれた感がハンパない。


 ――だから、女は要らん!


 そう思うと同時に、ジャファル恋人を思い出し、さらに凹む。


 ――なぜジャファルなんだ?


『主よ、戦闘中だ!敵に集中しろ!!!』

「遅い!!!!!」


 愛馬の言葉に、サレハが手綱を握り直し態勢を低くする。

 空気抵抗を下げたところで、さらに、戦神父親からの怒号まで飛んできた。


 背後に白い閃光が落ちる。

 爆風にドゥーニアごと吹っ飛ばされた。


「貴様は未だにアホなのか!?敵襲に気づけ!!!」


 ノルダール卿から広がってきた黒色の半球体にすら気づかないでいた不肖の息子に対し、戦神、怒りの神の光ノル・コダが炸裂した。


「死してなお親に心配を掛け続ける大馬鹿者が!

 死んでも死にきれんわ!!!

 ワシがどれだけお前を護ってやっていたか気づけ!!!!!

 にも関わらず、になんぞ捕まりおって!便に始まり!!!」


 ――便所の落書き?


「なんだ、ソレ?」と、サレハは思った。

 あと、なぜ、ジャファルのことを知っている?

 しかし、その後の言葉は父からはない。


『主!集中だ!!!』


 戦神の攻撃で吹っ飛ばされながらも、華麗に身を捩って態勢を整え、最速退避をドゥーニアは進めていた。

 サレハも再度態勢を整える。


「特講、中断!

 ランツ外へ退避後、ウェセロフ軍の侵攻を食い止めよ!!!」


 戦神から次の軍命がサレハに下る。


『主よ、私はしばらく休むので、ウェセロフ軍にはで対応を』


 戦神及び愛馬からも、サレハへの無茶振りが飛んできた。

 自分の脳内を知っている愛馬は、「多分、呆れただけ」というのを、サレハ自身も理解している。誠に面目ない。






 サレハが戦神から激怒されている間、地の巫女ノキノは急上昇していた。

 上空に待つのは、神の娘と三人の仲間たち、そしてサイードギギタの息子である。

 所定の位置につく。

 ノルダール枢機卿を中心にすでに広がっている逆五芒星に匹敵する力を行使しなければならない。


「お父さまはここにいて。私は真ん中に行かなきゃいけない」


 胸に抱いていた四歳児が、エラム帝国皇帝陛下に命じた上、眩い光を放つと消えた。


「「「「ギギタの息子よ、まったく期待していないが、頼む」」」」


 四人の巫女からも同時にdisられながら命じられ、娘の元に行けない圧がすごい。

 しかも、これから何をすればいいのか、サイードは知らないままだ。


ギギタお祖母さまと同じ感じで!」


 前方で背を向けている娘から言われた。


 ――見たことないのだが


 サイードは思った。

 しかし、この陣は何度も見たことはある。

 ナギルが母を堕天させ、ハリルが帝都を鎮めた陣だ。


 ――忌々しい血であるな


 サイードは嗤った。

 嫌々ながらにも、家族やそれに仕える者たちに痛感させられる。




 自分を呪った母親の血が、明らかに自らに流れていることを。

 そして、その母親の血により、エラム帝国を守ることができることを。




 右手を掲げ、「光あれノル」と唱える。

 無詠唱のナギルにもハリルにも到底及ばない。

 しかし、四人の巫女も自らの仕事に集中している。


 ――炎をヤン

 ――水をシュイ

 ――風をフェング

 ――地をダデ


 サイードから四人の巫女の元へ。

 一筆書きに、光が五芒星を描く。

 その中心に、月が満ちた。

 中心で輝いているのは娘である。

 母親譲りの銀糸のような髪をたなびかせる幼女が、すでに大地に広がっていた逆五芒星を遥かに凌ぐ速度で、白く輝く五芒星を広げて落とした。

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