第21話 追跡者思考
「今回は、ジョゼッフォ・バイロウが、タサに向けて送る予定の奴隷を解放したクレメンテ・ドゥーニの逃亡に関わっているのが、ナギル・ルルーシュとサレハ・イスマーンかもしれない、と。港と市門に検問所が設けられているようですが……」
「身分証明と通行許可書のない者はすべて留め置くよう指示を出しております」
「では、まだ彼らはモヘレブに潜伏していると考えるべきということですね」
「はい。拘置所にいる身分証明と通行許可書のない者を改めていただくことはできますよ」
ジャファルの言葉に、都尉が答える。
「そうですか、ありがとうございます。
その前に、検問所や警邏巡回態勢を確認させていただけますか。すでに拘置所にいる者を今すぐ確認する必要はないと存じます。
ガパから本隊が来るまでに逃亡する可能性を潰しておきたいのと。今、潜伏しているならばどこか。確認を優先したいと思います」
都尉ににこりと微笑んだ後、開かれたジャファルの青紫色の瞳は冷たく光り、鮮やかさを増していた。
実際のところ、現在、警邏巡回は解かれていた。
年始の奴隷解放事件後、太守官邸が占拠されるまでは逃亡した奴隷たちによる窃盗を懸念し、警邏巡回もできていた。しかし、モヘレブ産業振興会により太守官邸が包囲された日は、太守官邸前ではバジェの雇った私兵と治安維持部隊との間でにらみ合いもあった。
さらに、翌日にはターワバ大聖堂の火災に見舞われ、住民の避難誘導と消火活動にあたらなければならなくなって、奴隷を逃したクレメンテ・ドゥーニの捜索は後回しにせざるを得なかった。
「……全く持って面目ないのですが」
と都尉は説明すると俯いて頭を掻いた。
「いえいえ。そうせざるを得ないでしょうねぇ。想定外の事案がこうも立て続けに起こっては。むしろ、モヘレブ産業振興会が自ら事態をかき混ぜてしまっているようなものですし。
災害への対処と住民の安全確保。それから、これだけ大規模な貿易都市の検問を円滑に進める必要があるのですから、捜索は後になるでしょう。
私が都尉のお立場であっても同様の判断をすると思います。
凶悪な殺人鬼ならともかく、奴隷を解放した……ある種、人道的には善良な犯人のようですし。エラム帝国の官吏としては利を損ねる行為を許すわけには行きませんが、個人としては……」
と言って、ジャファルは口を噤んだ。
これ以上は言わないほうがいいのは、太守も都尉も同意見である。
私情で思うところはあっても、公的な立場もある。
「警邏巡回態勢はご説明した通りで、次に検問ですが……タハム、地図を」
都尉にタハムと呼ばれた文官が、テーブルの上にモヘレブの地図を広げた。
地図を元に都尉が説明する。
「モヘレブから市外に出る門は通常4つあります。クレメンテ・ドゥーニたちの逃亡阻止のため、規制をひいておりますが交易を停めるわけには行きません。ですので、旅人などの人のみの通行を優先するためにある南北二つの門は閉鎖しました。今は、物資輸送のための門を二箇所開いています」
「市の中央を東西に結ぶ陸路とジブフタ河上の水路ですか」
ジャファルの言葉に都尉は頷いた。
「ジブフタ河の検問所を拝見してもよろしいですか?」
「もちろんです。タハムに案内させましょう。
タハム、警備兵2名とともにジャファル殿のご案内を」
都尉がタハムに申しつけると、タハムは承知し、準備のために一礼して退室した。
「中央の検問所は見なくていいのかね?」
と太守が尋ねると
「モヘレブに入る際に通ってきましたから、拝見しました。
入る方は問題ないのですが、出る方は長蛇の列で……待つ方も、検問する方もたいへんですね」
とジャファルが軽やかに答えた。
「私がモヘレブから出ようと思うなら、中央から逃げるのは早々に諦めると思います」
「では、ジブフタ河上を使う可能性が高いと?」
太守の言葉にジャファルは頷いて続けた。
「もしくは、閉鎖されている門を破壊するか。
私なら時間効率のよいものを選ぶと思います」
「そういえば――」
ジャファルの言葉を聞いて、都尉がふと思い出した。
「バイロウ氏の船の出港予定は明日のはずです」
都尉の言葉にジャファルの顔から一瞬、表情が消えた。
「……それは絶好の機会ですね」
ジャファルがニヤリと口元を歪めた。
瞳が鮮やかな青紫色に輝きを増す。
「ターワバ大聖堂の火災はバイロウ氏による放火の疑い……というか、本人による証言ががありますが」
「餌は泳がせて置きましょう」
都尉の報告を右から左に流し聞きながらジャファルは呟いた。
「「………………」」
しばらくの沈黙があって、ジャファルは太守を見据えて重々しく口を開いた。
「……太守のお人柄を見込んで、ご相談したいことがあるのですが」
モヘレブ太守は都尉に退出を促した。
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