第17話 異端審問会へ
延焼を防ぐため、ターワバ大聖堂周辺の建物はすべて打ち壊されていた。
全焼した大聖堂の焼け跡からは煙が上がっている。まだところどころ火が燻っている状況である。
官邸に幽閉された太守の代理として、都尉であるイリム・ジェペフが、消火活動と周辺住民の避難誘導を指示した。
これには、モヘレブ産業振興会員の協力もあった。
事業者のなかにも熱心なドォズナ教徒も多く、ジョゼッフォ・バイロウがやりすぎだと、モヘレブ産業振興会に抗議する者もいたが、
「キプォス司教が保護すべきモヘレブのドォズナ教徒の利益を損ねた」
と会頭名で反論され、さらに
「モヘレブ産業振興会は、ガパから新たな司教を招聘し、聖堂の再建にも協力する」
と付け加えられると、返す言葉もなく引き下がることしかできなかった。
実際に会頭エドアルド・バジェは、大聖堂から太守官邸の庭園まで避難してきたキプォス司教を見つけ次第、捕らえた。
私兵に捕縛され床に跪かされた司教を前に、都尉は驚き、傍に立つバジェに説明を求めると、異教徒を匿う司教に騙されているドォズナ教徒により、モヘレブの治安悪化が懸念されるため逮捕したのだと説明された。
「ガパへの移送は急いで行う必要があると考える。ですので、私が請け負います」
とバジェは都尉に申し伝えた。
一方的な判断である。
「しかし……」
難色を示し都尉が反論する前に、
「異端審問会への諮問要請はすでにお送りした。都尉のお手間はお掛けしないので、被災者支援とクレメンテ・ドゥーニとその一味の捜索と確保に努めていただきたい。太守代理として通常業務もあるなか、お時間を頂戴するのも憚られるので失礼する」
と言い残すと踵を返した。
バジェの護衛が司教に立ち上がるよう促す。
「キプォス司教……」
都尉は思わず声を掛けた。何もできない自分が情けなくなる。
司教は都尉の顔を見つめ、その気持ちを見通しているかのように
「私は神の思し召しに従うまでです」
と穏やかに言うと一礼して、護衛の指示に従って去った。
イリム・ジェペフは唇を噛み締め俯いた。
私人に、太守の幽閉を許し、司教の補囚を許している、己の無力さを責める。
今のモヘレブが法によって治められていると言えるのか。
警察部門の長として治安を守るべき都尉であるジェペフは、権力者とはいえ、一商人による横暴を止めることもできずいることに歯がゆさを感じていた。
――モヘレブ産業振興会によるクーデター
太守の幽閉と更迭要請から始まるクーデターを止めることができなかった。
――モヘレブ市民の生活を混乱させるわけにはいかない
これは太守の思いのはずだ。
だからこそ、二日前、太守は事態に備え自分を代理にするため、応接室に入らせなかった。
――今、モヘレブ市民を守れるのは、私だけなんだ。しっかりしろ!
「都尉!」
ジェペフが決意を新たに頭を上げたとき、門兵のひとりが自分を呼んで伝えた。
「ガパからの使者がお見えです」
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