第16話 大聖堂、炎上
サレハとナギルが前を行く。
その後ろをジルが歩いた。時折、後ろにいるクレメンテがちゃんと着いてきているか確認しながら。
何も言わないが、クレメンテは肩を落としていた。足取りも遅い。
「遅い!」
前方からサレハの声がした。
ジルが前方に視線を戻すと二人が立ち止まっていた。ジルも足を止め、クレメンテを待った。
「余計なことを考えるな。
そんな動きでは、二日後が思いやられる」
サレハの激にクレメンテが顔を上げた。
「足を止めるな。置いていく」
とサレハは言うとまた歩き始めた。
「二日後って言った?」
立ち止まったまま待っているナギルにジルが話しかける。
ナギルは頷いた。クレメンテも走って合流した。
「奴隷を乗せた船も出るのは分かったから、二日後、僕らもここを出よう。
ジルも……あんな感じで捕まってたの?」
「まぁ、ね」
ジルが答えると
「じゃあ、事前に潜入するのは簡単だね。行こう!」
とナギルは笑顔で言うと、サレハの後を追って走った。
ジルとクレメンテは顔を見合わせ、ナギルを追いかけた。
ジブフタ河を背にすると、空が紅に染まるのが見えた。
西の空に夕陽が落ちるには早い時刻である。
ターワバ大聖堂が燃えていた。
轟々と火柱を上げていた。
太守官邸から500メートル離れた広場沿いにあるモヘレブ最大の聖堂である。
寺院のほとんどは、太守の依頼により一時保護していたバイロウの奴隷を持ち主に引き渡した。多くは少額の寄附と引き換えに。あるいは、多少の脅迫で。
しかし、キプォス司教はエドアルド・バジェの申し出にも、ジョゼッフォ・バイロウの脅しにも首を縦に振らなかった。
理由は、モヘレブ太守と同じである。
――人道的見地から賛同しかねる
頑なに奴隷の引き渡しに応じない司教に対し、モヘレブ産業振興会会頭は、ドォズナ教最高指導者が指名した保護者である皇帝の命に背くばかりか、異教徒を匿い、本来司教が保護すべきドォズナ教徒の利益を不当に損ねたと主張した。
「異端審問にお諮りする!」
「ドォズナは寛大である。異教徒の改宗は拒まない」
「異端」の言葉にも司教は動じなかった。
大聖堂には逃亡した大半の奴隷が保護されていた。
二日後の出港に間に合わなければ、不渡りが出る。
「聖職者なんぞ、クソ喰らえ!」
バイロウはドォズナ教徒ではない。
バイロウが信じるのは「金」のみだ。
邪魔者は早急に排除する必要がある。
すべては「金」のためだ。
モヘレブ産業振興会員事業者にも協力を仰ぎ、私兵を雇い、ターワバ大聖堂を占拠した。キプォス司教をはじめ聖職者を囚え、彼らが保護していた
「信じられるのは『金』だけだ。この世に神は存在しない!」
天を紅く照らして燃え盛る炎のなか、崩れゆく鐘塔を眺めて、バイロウは鼻で笑った。
「奴隷は全部で何人回収できた?
なんなら、尼さんも娼館に売り飛ばせ。若い僧侶はタサに送る。戦場で自分のために経でも上げさせろ」
「……聖職者に手を出すと面倒なことにならないですかね?」
雇い主の顔色を伺いながら尋ねるヴィートを、バイロウは横目で見やると、
「太守は更迭した。聖堂も焼いた。
モヘレブは、エドアルド・バジェの独壇場だ。エラム帝国皇帝陛下お墨付きのな。
世の中は結局、金のあるヤツが勝つようにできているのさ。
お前も覚えておけ、賢く生きろ。お前とよく喋ってた――クレメンテだったか?あんなのは駄目だ。野良犬の餌ぐらいにしかなれん」
と言って、再び鼻で笑った。
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