第15話 ヒーローじゃないんだって!

「バイロウの船は8日にベモジィへ出る予定だったぜ?確か」


 ジルに貸していた上着に着替えながらクレメンテが言った。

 モヘレブからの検問所の様子を話しながら、ジルも新しく購入した服に袖を通す。

 サレハは外した鎧を確かめすでに身につけ、購入した弓のしなり具合を確かめている。サレハの様子を見て


つるは自分で調整するよ」


とジルが言ったので、サレハは黙って手渡した。


「閉鎖している南門を開けるのがいいかな、と思っていたんだけど、門は頑丈だよね。鉄だったし、二重だろうし。バイロウ?バイロウ……さんの船が三日後に出航するなら荷物に紛れることはできるのかな」


 ナギルが購入してきた食料を取り出しながら、クレメンテに意見した。


「本職の兵士と鉄門相手より、バイロウんとこの使用人の目をコソコソッと盗むほうがラクかもなぁ。どうなってるか、見てから考えてもいいだろうけど。ベモジィまで船に乗ってれば勝手につくし」

「漕ぎ手は、クレメンテが逃がしちゃったんじゃないの?これ、クレメンテに買ってきた」


 短剣を手渡しながら、ジルが尋ねた。


「お、サンキュー。

 物資運搬の船にすればいいんじゃない?武器とか。河上るから小型のに乗り換える」

「じゃあ、搬入してるところに入りこめばいいってことか」

「そ。だから、どんだけ終わってるか、明日でも見に行くか」


 クレメンテの言葉に他の三人は頷いた。





 クレメンテの案内なしではどの船がバイロウのものか分からない。

 四人は夜明け前に出発し、ジブフタ河河口に到着した頃には東の空が白んでいた。

 桟橋に近づく前に足を止めたのは、日も上がっていない時間にも関わらず騒がしいからだ。


「さっさと歩け!」

「面倒ばっか掛けやがって!」


 男たちの罵声に混じって、鎖を引き摺る音がする。

 呻き声。そして、啜り泣き。


「もう夫に鞭を打たないでください!死んでしまいます!!」


 懇願して泣き叫ぶ女性の声がした。


「うるさい女だな!娼館へ連れてけ」

「それは……待ってください!……うっぐ!!!」

「男は連れて行く。ここで死ぬか!?戦場で死ぬか!?どっちだ!?」


 小麦色の肌をした裸同然のボロ布を纏う人々に、クレメンテとジルには見覚えがあった。

 30人程度だが、バイロウの屋敷から逃した奴隷たちが連れ戻されていた。

 ここにいるのが30人と言うだけで、さっきの女性のようにすでに売られた奴隷もいるだろうし、バイロウの屋敷にも囚えられている可能性は否定できない。


「ちょっと、オレ……」


 クレメンテは後退り、後ろを向いてしゃがみ込んでしまった。


 無駄?

 徒労?

 偽善?


 ――あれは自分のためにやったことで、他のヤツらを逃がしたのはついでだった


 そんなこと、クレメンテには分かっていた。

 ジルだってそうだ。自分が勝手に巻き込んで連れ出しただけだ。


 ――自分のためにやっただけことなのに……


 なんとも言えない虚脱感に襲われる。


 ――ヒーローになりたかった訳じゃない


 クレメンテは自分に言い聞かせる。


 ――だから、オレはヒーローじゃないんだって!


 ちっぽけな人間が一歩踏み出してみたからって世の中、変わるわけがない。

 勇気を出してみても、現実はこうだ。

 変わらない。


「オレみたいなヤツがさぁ」


 クレメンテはその場にしゃがみ込み、両手で頭を掻いて溜息をついた。

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