第14話 官邸包囲

 モヘレブ官邸は包囲されていた。

 市街の警邏と検問に人員を割き、官邸は通常の警備体制下にあったところ、傭兵が大挙し、正面玄関が占拠されている。


 それでもなお冷静に、官邸内応接室でモヘレブ太守ヒドーサ・ワゼギムが応対するのは、モヘレブ産業振興会頭エドアルド・バジェとジョゼッフォ・バイロウである。

 都尉イリム・ジェペフも太守に自分の同席を進言したが、ヒドーサは


「市民との面談だから、過度の警戒は必要ない」


と言って若い文官一人と警備兵二人を伴い、面談に入った。

 これは非常事態に備え、太守の代理ができる人物を待機させるための措置でもあると、イリムは解釈した。


「お越しいただくのでしたら、事前にご連絡いただきましたら、きちんとお時間をお取りしてお迎えしましたのに」


と太守は二人に着座を進めながら穏やかに話し始めた。


「年始早々のご挨拶がてらになって、ご無理をお願いして申し訳ない。緊要だったので、無礼をお詫びする」


 会頭が挨拶と、心にもない謝罪の言葉を述べ、太守の相槌の後に、続けた。


「緊要というのは、市内宗教施設を中心に保護している多数のの件で。各施設に対し、太守からの保護依頼があったと伺っているが、理由を伺いたい」

「救済を求める移民についてどのように対応するべきか、現在、中央政府に確認中でございますので、当面の措置を取りました」

「中央政府の確認が必要かね?」

「といいますと?」

「そもそも、各施設に救済を求めている異国民――率直に言うと奴隷約300人は、隣にいるバイロウ氏が買い付けただ。個人の財産を官吏が理由もなく差し押さえていると解釈できる行為は控えてもらいたい」

「移民の受け入れについては中央のご判断を仰ぎたく存じます。また、各施設に救済を求めている異国民が、すべてバイロウ氏のか、対照は可能でしょうか」


 太守の言葉にバイロウが身を乗り出して抗議をしようとするのを、会頭が制止した。


「……交易で成り立っているモヘレブにふさわしい判断をいただけないか。太守の信認が揺らぐ行為だ。バイロウ氏が使用人の背任行為により奴隷約300人を失った事件については、先般意見したとおりだ。

 帝国東部への物資・人員供給は港湾都市モヘレブに対する皇帝陛下直々の要請だ。臨戦体制にある我が国には喫緊に対応する必要があると思うが、太守は異議があるのかね?」

「ご意見は拝読いたしました。ですから、即時中央政府に報告とお伺いをたてております」

「だから、その伺いは必要かと、私は言っているのだよ!」


 バジェが声を荒げて、太守を睨んだ。

 鋭い眼光に「交易都市」の「交易」の中心を牛耳る男の裏の顔が垣間見えた。

 太守の横で書記をする文官が目を合わせないように俯いたまま硬直した。背後に控える警備兵が警棒を握る手に力を込めて構える。警備兵の動きに、バジェに随行してきた私兵が目を光らせた。


「モヘレブ太守、お名前はなんと言ったかな?」


 会頭は口調を和らげ、無礼を承知で氏名を確認する。


「ヒドーサ・ワゼギムでございます」


 太守は温和な態度を崩さない。


「ワゼギム殿、帝国東部への兵士及び物資の供給は港湾都市モヘレブに対する皇帝陛下直々の要請である旨、ご認識はありますな?」

「はい。ございます」

「貴殿の行為は有るアルマリク帝に対する不敬ではないか?」

「………………」

「個人の財産を不当に差し押さえるばかりか、帝国の意志に背いている。我々交易を中心に生業とする市民がお支えするモヘレブの太守にふさわしいが甚だ疑問だ」

「ご意見、承りました。現在、中央政府からの回答を……」

「奴隷約300人の保護の即時撤回を求める」

「ですから、ご回答をお待ち……」

「奴隷保護の撤回は貴殿の職責で行ったものだ。その必要はないはずだ。

 時は金なり、だ。バイロウ氏の船は三日後、ベモジィに向けモヘレブ出港予定だ。帝国と我々に与える損害を認識されての判断か?」


 畳み掛けてくるバジェの意見に、太守には返す言葉がなかった。


 ――人道的見地から賛同しかねる


 これはあくまで、ヒドーサ・ワゼギム個人としての思いでしかない。

 モヘレブの、そして、エラム帝国の公益性を、客観的に立証できるものではない、あくまで個人的な意見だ。


「文官殿、太守の更迭要請をガパにお送りいただきたい」


 太守の横に座ってペンを走らせていた文官が、バジェの言葉にビクリと肩を震わせた。


「文官殿!?」


 若い文官は困った様子で、横に座るモヘレブ太守の顔を見上げた。

 太守は黙っている。


「紙とペンを、私に」


 バジェが依頼の内容を変更した。

 突然の事態に驚き、理解が追いつかず若い文官が戸惑う。


「早く!!!」


とバジェがテーブルを叩いて一喝した。


「はい!!!」


 文官はすぐに立ち上がると、バジェの隣へ急いだ。

 紙とペン渡す彼の手は震えていた。

 警備兵はその様子を黙って見守ることしかできなかった。

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