第13話 モヘレブ市街

 東へ――。

 行き先は決まった。

 国外逃亡するのでなければ、突破すべき大きな関門は、モヘレブから街道に出る検問所だけだ。


 バイロウ邸からの大量奴隷脱走劇からまだ一日も経っていない。

 警邏体制は整えている最中だと推察し、正面突破による短期決着を狙うのが最適と考えた。傭兵や一般兵士10人程度ならサレハを正面に据えて全速力で走れば突破できることは実証済みである。

 しかし、全ては憶測の域を出ないため、検問所までの道程と配置等の偵察はしたほうがいいと判断する。

 エラム帝国最西端のモヘレブから最東端のタサまで長い道のりだ。

 装備や食料も整えたほうがいい。


「ジルの服もね」


とナギルが言った。

 クレメンテに叩き起こされて逃げてきたので、ジルは寝間着のままである。


「ああ、そうだった!

 あと、クロスボウ的なものもあると嬉しい。弓でもいいけど。自分は後方支援ができたほうがいいだろうから。持ち合わせがあれば買わなくていいんだけどね」


 短剣を持ったからか、ジルがやる気になったようだ。




 偵察と物資補給はナギルとジルで行くことにした。

 クレメンテは自分は論外だと理解していたので従ったが、サレハは自分も行くと反対した。

 正面を走るからには、敵陣を直接見て知っておきたいと思ったし、最適な装備を選ぶのも吟味したい。

 そしてなにより、ナギルが心配である。

 自分はのうのうと遊んでいて主に荷物を運ばせるなど、自分が決して許せない。死んで詫びたほうがいいと思う。


「「いや、目立つから!逆に!!!」」


 三人から即座に却下されたが、


「当然、槍は置いていく。

 鎧と盾を取ってもか?なんなら、そこの赤いヤツの服でいい」

「せめて名前で呼べよ!あとサイズ的に無理だろ!!!」


 サレハは食い下がった。正面で抗議するクレメンテには見向きもせずに。




 モヘレブ市街地の目抜き通りを、クレメンテ以外の3人で歩いていた。

 槍のほか鎧と盾を取る――要するにタサの紋章を置いてでも行くと言ったサレハを、ナギルは止めることができなかった。

 忠誠を誓った自分の誇りを置いてでも行くというのだから無下にできない。

 鎧を取っているサレハを見るのは何年ぶりか――パッと思い起した限りナギルの記憶のなかにはない。


 ジルの布の服を一番先に購入した。


「一番安いので!」


と言うので即決である。

 念のため保存食と水筒、応急処置用の医薬品類を少し買い足し、検問所の様子を視認し、目抜き通り以外の路地に入って経路確認をしながら、残金で手頃な装備を整える。

 ジルは値段を見てクロスボウはすぐに諦め、弓矢を選んだ。

 追加で革の胸当てを買う。


「クレメンテ用にナイフと短剣も買っとこう」


とジルが提案したので、ナギルも了承した。




 モヘレブは海運が盛んな港湾都市である。

 物資はモヘレブ南部にあるジブフタ河を上って帝国第二の都市ベモジィまで運ばれる。

 ジブフタ河から北の街中まで運河が整備されており、人の移動や物資の運搬に用いられているらしい。

 目抜き通りには商店が立ち並び、そこから北に上るほど購入住宅地に区画化されていた。庭が広いので家屋はよく見えないが門構えが豪奢になっていく。

 南へ下り、さらに河口に近いほど空き家やバラックが増えた。


 検問所――つまり、モヘレブからの出口は通常4箇所あった。

 うち比較的小さな南北端2箇所は閉鎖され兵士が2人立っていた。

 開放されている2箇所は、ジブフタ河上と目抜き通りの先にあるメインの市門である。帝国内他地域への輸送を停めるわけにはいかない。

 ジブフタ河は基本的に船舶の往来なので大きな変化はないようだが、目抜き通りの先には人がごった返し、長い行列ができているのが見えた。

 横入りをしたらしい一団とその後ろに並んでいた人々で小競り合いが起きているし、警邏兵たちに苦情を訴える商人の姿も多い。


「正面突破は無理だな」


とジルが呟いた。

 ナギルもサレハも異論はなかった。

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