第9話 暁月夜は、まだ続く
「おお!あれだ!!!アイツです!クレメンテの野郎!!!」
少年を追って走ってきたきゅうり顔の男が松明をかざしてサレハを指して言った。
続いて棍棒を持った四角い顔の男が
「間違いねぇ!!!」
と言って続く仲間を手招きすると、10人ほどのならず者が細い路地になだれ込んできた。
「バカ野郎!どこにクレメンテがいるんだよ!?」
サジ・ベルジの声が聞こえた。
サジはバイロウの使用人のひとりだ。
バイロウに仕えて、今年で三年目のベテランだと言っていた。
確かに、バイロウの元で三年も働いているヤツは少ない。
勤めて三年以内に、犯罪まがいの仕事と激務により、死ぬか、心身を壊すか、逃げるかでいなくなる人間が九割だと、笑うサジから教えられたのは、クレメンテの勤務初日のことである。ちなみに使用人から「辞める」と言い出す権利はないとも聞いた。
「え!?あの黒いのじゃないんスか?」
四角い顔の男がサレハを指したが、その瞬間に頭をサジに
「バカァ!!!クレメンテがあんな渋いわけないだろーが!!!アレは見るからに兵士だろ!鎧着てんじゃん!!!クレメンテはもっと……こう!チャラい!!!」
サジの言葉にクレメンテが苦笑した。
ジルが隣で吹き出した。
「そうだな……。何つえばいいの?ちょうど……あんな感じの派手なヤツだ!クレメンテは!!!」
サジがサレハの奥に立っているクレメンテを指さした。
そして、目が合う。
サジが四角い顔の男の頭を再び
「
「クレメンテ!いんじゃねーか!!!よぉっ!!!クレメンテ!!!!!いるんなら返事ぐらいしろよぉ!!!」
意味なく頭を叩かれ呻く男を置いて、サジがクレメンテに向かって大股で迫ってきた。
「返事とかするわけねぇだろ……」
「すげぇバカだね!アイツら……てか、クレメンテの仲間たち!!!」
「もう仲間じゃねーから!」
クレメンテは背を向け全速力で走り出していた。ジルも笑いながらついてくる。
その後ろをナギルまでもが追いかけ始めたが、サレハは迷っていた。
「これしきの烏合の衆に背を向けるなど……」
「オイ!待てよ!!!クレメンテ!オイ!!!」
走るクレメンテを追いかけて、サジも駆け出した。
「兄ちゃん!邪魔だ!!!どけっ!!!!!」
突進してくるサジの前に、長槍を一本片手に取ったサレハが斜めに立つ。
「邪魔だっつってんだ……ろっ!?!?!?」
槍を返す。
その柄でサジの腹を一突き。
サジの口元から吐瀉物が落ちる。
腹を抑えて前のめりに崩れようとする目の前の男に対し、槍の柄を振りかぶって思い切り遠くへ飛ぶように打った。
「「うぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉっ……!?」」
背後から男たちの歓声が上がってクレメンテとジル、そしてナギルも振り向いた。
そして、それは歓声ではなかったことに気づく。
吹っ飛んできたサジの身体を避けることもできず、後に続けと走り出していた烏合の衆が将棋倒しになっているのが見えた。
「そっちへ行っても海だろう!?飛び込むつもりか?
たかが傭兵崩れに背を向けるなど、恥を晒すな!!!」
人通り皆無の夜のバラック街に、戦場で闘ってきたサレハの声はよく通った。
軍人である。
怒っているのか、これが普通で冷静な号令なのかは不明である。
相手が民間人で市街地だから、冷静ではない。怒っているとるべきだろう。
「予定通りの道を進むべきと存じますが、いかがか?」
次いで、サレハの黒い瞳がナギルを捕らえて尋ねた。
サレハ・イスマーンは真面目だ。
幼い頃から一緒だったのだ。
ナギルはよく知っている。
ほぼ自分で決めているにも関わらず、年下の主に伺いをたててくるのには、たまに弱ることもある。
ナギルは背後を振り返って
「クレメンテさんとジル?ジルさんもよければ……」
と尋ねることにした。
名前を呼ばれた二人は顔を見合わせた。
もはや月魄亭に戻る選択肢はない。夜の海に飛び込むつもりもない。
どちらともなく二人は頷き合い、元来た道を引き返してくるのにナギルも合流した。
サレハのところに三人が戻ってくる頃には、黒い鬼神に峰打ちだけで黙々と狩られた烏合の衆は退散し、サジだけが白目を向いて地面にのびて置き去りにされていた。
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