第8話 ハッシシを吸う者

「……これで最後か?」

「そうみたいだね」


 張り詰めた空気を断ち切るかのように、ナギルが半月刀から返り血を振り払った。

 刀を鞘に戻しながら、長槍を手にし直したサレハのほうに歩を進め、クレメンテとジルの方に再び向き直った。

 先ほど三人片づけた後、油断してナギルを頭上から襲われた自分の不手際に、サレハは不覚を感じているようだった。周囲に神経を尖らせている様子だ。


「さっきはどうもありがとう。助かった」


 ナギルの凛とした声が響いた。

 ほぼ初対面で話すのにも関わらず、ナギルには他人への警戒心がない。


 ――いいところの子どもはこんなだったな、網元の息子とか


 クレメンテは故郷の友だちを思い出した。素直で親切。余裕のあるいい大人たちに囲まれ、人を疑うことを知らないまま育ったのだろう。

 ナギルは笑顔でクレメンテとジルの顔を交互に見た。銀髪の麗人は、親しみやすい少年らしい笑顔を見せた。白い歯を見せて笑うと、右頬に笑窪ができる。


「こちらこそ。まだあの暗殺者が生きていただなんて。こんな暗闇の中、よく気づいたな」


 クレメンテの言葉に、ナギルは謙遜して目を逸らし、はにかんだ笑顔を見たものの、それはすぐに消えた。


「暗殺者は生ける屍リビング・デッド」のようなヤツらだから、念には念を入れないと。ハッシシを吸って襲ってきているからね。暗殺者はとどめを刺さない限り、死を恐れることなく襲ってくる」


 ハッシシを吸う者――暗殺者アサシンの噂は聞いたことがある。「山の老人」と呼ばれる正体不明の人物に率いられた、金のためだけに暗殺を請け負う暗殺者集団のことだ。「ハッシシを吸う者」には特に社会的・宗教的な理念はない。金さえ貰えば、誰でもまとにして暗殺する。

 「山の老人」は山中に秘密の楽園を造り、大麻で眠らせた里の若者を連れ去って、ありとあらゆる快楽に極めさせる。快楽に溺れた若者たちに、「山の老人」は、この快楽の園に永遠に暮らしたければ忠誠を誓うように仕向け、暗殺などの謀略を強要するのだと言う。

 「ハッシシを吸う者」は大麻を吸引した恐れを知らぬ状態で、独特の形状をした反り身のナイフを振りかざして暗殺を行った。彼らは捕縛されるのもいとわない上に、もし捕まえることができたとしても、大麻による錯乱状態で意味の通ることを自白させることが難しい。それ故に「ハッシシを吸う者」を捕えたとしても、暗殺の依頼者の名前も、「山の老人」の正体も、アジトの在処も分からないまま処刑するしかない。


「変わった形のナイフだね……」


 ナギルと話しているクレメンテの背後を回って、ジルがピクリとも動かない暗殺者の亡骸の傍にしゃがんだ。

 遺体の隣に落ちた禍々しく歪んだ漆黒の武器を手に取ろうとする。一度刺したら抜けないように極端に反り返った刃のついた両刃の短剣である。


「触るな」


 サレハがジルの行動を制止する。


「それには毒薬が塗ってある。獲物を一発で仕留めるために」


「毒薬」という言葉を聞いてジルは、触れようとしていた手をサッと引っ込めた。

 それから、思案するように斜め上に視線を上げ、サレハの顔を見て尋ねた。


「あんたたちは毒薬を使うような厄介なヤツらに、なんで狙われているんだ?」


 ジルの質問にナギルの顔色が変わり、サレハに目を向けた。


「……お前たちには関係ない。

 余計なことに首を突っ込むな。聞かないほうがよいこともある」


 黒づくめの武人は忠告すると、背中に槍を戻し、地面に投げ捨てていた荷物に手を伸ばした。


「おーい!見つけたぞ!!!こっちだ!こっちに人がいる!!!」


 使い古しのレザーアーマーを身につけた少年の姿が通りの向こうに見えた。

 少年は、仲間を呼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る