第1章 痕(6)

 包丁は、花束をラッピングしていた包み紙でくるんで持って帰ってきた。

 ジャナはそれを居間のテーブルに置くと、ソファに掛けていたエプロンを身につける。

「万理愛、晩ご飯を食べたら、行くよ」

「そんな、コンビニ誘うみたいに気軽に言わないで下さい……っていうか、私も行って良いんですか?」

 気軽に化け物退治に誘うジャナに、私は驚いた。

 足手まといになるのに、私も行って良いのだろうか。

 本心は、行きたい。ジャナも心配だし、私に出来ることがあるなら手伝いたい。

「逆に聞きたいわ。あんな怖い目に遭ったのについてきたいの」

「だって、だって……」

「来て良いに決まってる。化け蜘蛛をおびき出すのに、〈餌〉がいるだろ」


「あ」


 私は自分の左手首を押さえ込んだ。

 じくじくと痛む。

 そうだった。私は、あの化け蜘蛛の獲物なのだ。

 にわかに恐怖心が湧き上がる。

 見透かしたようにジャナがわらった。

「怖いのかい」

「怖いですよ! 怖いけど……私が必要なんだから、平気です」

「ふうん、震え声になってるよ万理愛。まあ、私としてもあんたを危険な目に遭わせるくらいなら、あの娘を囮に使いたいんだけど」

「ダメです!!! 壬朋ちゃんは!」

「そうだね、あんなにぐったりしてちゃあ、動きも悪いだろうし」

「もう、壬朋ちゃんを釣り餌みたいに言わないで下さい!」

「だから、動きが悪いと、逃げ切れないだろ?」

「あ」

「あの娘を危険にさらして死なせでもしたら、あんたに追い出されちまうし。まあ、安心しな、あんな化け物、大したことないさ」

 ジャナには勝算があるのだろうか。

 私は、不安だけれども、そのジャナのふてぶてしさに頼もしさを覚えた。

 ジャナはエプロンの紐をもう一度きゅっと締めて、言った。


「それじゃあ、夕飯でも作ろうかねえ」


 その晩の食事はトマト風味のリゾットだった。

「この後、動き回るからね、消化の良いものにしといたよ」

 と、ジャナは皿を置く。

 リゾットの上にペッパーミルで挽き立ての胡椒を掛けてくれた。

「最後にパルメザンチーズを削って山のように載せたいところだけども、今夜はこれで我慢だね」

 と、ジャナは食卓用の粉チーズを置いた。

 それでも、充分に魅力的な香りが、ダイニングキッチンに漂う。

「いただきます!」

 私は、食べ過ぎないように注意して、おかわりを我慢した。

 食事を終えると、ジャナは透明な液体の入ったコップを、私の前に置いて言った。

「万理愛、これ飲んで」

「え」

「大丈夫、ただの水だから」

「水?」

 怪訝に思いながらも、それを飲み干す。

「それじゃあ行こうか?」

 ジャナはコップを受け取って流しへ下げ、エプロンを外した。


 その姿を見て、やっぱりコンビニに行くみたいだ、と私は思ったのだった。

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