11話 縮まる距離
溶け残った雪を路肩に眺めながら俺と彼女が向かったのは、駅から歩いて10分くらいのところにある飲食店だった。シャッターの閉じたお店が多い中営業を行っている数少ないお店だ。彼女は迷いなく店のドアを開ける。店内はそう広くもなくなかなか年季の入った様子だが街の住人にとても愛されていそうな雰囲気を感じる。
「ご飯食べてないでしょ?お昼過ぎだしちょうどいいでしょ」
俺は手元のスマホの画面を見ていつの間にかお昼を過ぎていることに気が付いた。
「ごめん。助かるよ」
こうした地元の人に愛されているような場所はよく調べたら見つかるのかもしれないが、どうしても観光客が寄りやすいお店が検索上位に出やすいので現地の人が教えてくれるというのはとても貴重な機会だ。俺と彼女は空いているテーブル席に腰かける。テーブルにはラミネートされたメニューが立てかけてあったので二人でメニューを見る。海鮮や蕎麦と言ったものから定食まで幅広い和のメニューが並んでいる。
「ちなみにおすすめは?」
どうせならこの地に住む彼女が勧めるものを食べようと思い彼女に問いかける。
「どれもおいしいけど、せっかく米どころに来たんだから米系のメニューにしておいたら」
確かにそうだなと思い選択肢から麺類を外す。そのうえでメニューを改めて見てみるとなんだか聞き覚えのない料理名のものを見つける。
「このきりざい丼って?」
「あ~この辺の郷土料理的なやつかな。折角ならそういうのでいいんじゃない?」
「そうだな」
彼女はすでに注文するものは決まっていたようで、俺が注文を決めると店員を呼んだ。そういえば初めてこの地に来た時も宿で食事をとらせていただいたが本当に米が美味しかったので期待しないではいられない。店内では高い位置に設置されたテレビからローカル放送が流されている。
「テレビなんて面白い?」
時折俺が画面に目を向けていたことが気になったようで俺に問いかける。
「なんか流れるCMがこっちとは違うから、新鮮で」
関東では見ることのないご当地のお店や銀行の宣伝が流れてくるのでそれがなんだか面白いのだ。
「やっぱりそういう違いってあるんだね」
そういう話をしていると俺達の前に注文したメニューが届けられる。
「お待たせいたしました」
俺の正面にはきりざい丼、彼女の前には日帰り丼と呈した海鮮丼が並ぶ。
「とりあえず」
そのよく分からない俺の一言が合図となり
「「いただきます」」
俺達は手を合わせ、食事を開始した。きりざい丼とは漬物を細かく刻みそして納豆をかけたものらしい。ここではさらに鮭が散らされていた。シンプルながら安心するおいしさ。まさに郷土料理という感じがして今日という1日の充実度が高まった気がする。
対する彼女は海鮮丼。お手頃価格だった割には充実した海鮮の品々だ。あまりこの辺りに海のイメージは無いのだが。
「何じっと見てるの?」
どうやら俺の視線が気になったらしい。
「何?食べたいの?」
彼女は何やら俺の視線の意味を勘違いしているようだ。
「いや、そういう事じゃなくて」
「分かった。分かった。一口あげるから」
「いや、だからそういう事じゃなくて…」
俺の反論が彼女に届くことは無く、
「はい、あ~~ん」
彼女は刺身を一切れ箸でつまみ俺の口元へ運ぶ。いや、これってなんかまずいような…しかし彼女の腕は俺の口元で制止している。ええい。気にしすぎだ。きっと彼女も純粋な善意で分けてくれようとしているんだ。そう思い俺はぱくりと刺身に食いつく。すると彼女はしめたと言わんばかりの表情で
「間接キスだね」
と意地の悪く俺に告げる。
「あのな…。意識しないようにしていたんだから…」
「へ~え、意識してたんだ~~。どう女子高生と分け合ったお刺身の味は」
「誠に遺憾ながらおいしいですよ」
「その言い方はお店に失礼なんじゃないかな」
なんで高校生に弄ばれないといけないんだよ!なんて思っていると
「私も一口ちょうだい」
と彼女は俺の皿に手を伸ばし一口ぱくり。いやこれも間接キスに該当するんじゃ…?もしかして彼女は気にしないのだろうか。
「ありがと。すごい慣れた味だ」
「だろうな。郷土料理なんだから」
食事を終え、俺は二人分の会計を済ませ店を後にする。
「おいしかったね」
「だな。連れてきてくれてありがとう。お腹もいっぱいだよ」
その後は食後の散歩という具合で神社を訪ねたり広々とした街並みをぶらりと歩き回ったりした。町はゆったりとした時間が流れていて俺にとって心地よい時間だった。しかし一方で分かったこともあった。彼女が東京に憧れる理由だ。歩いていて目につくのはシャッターの閉まった小さな複数の商店。たまに営業している店があってもなかなか厳しそうな状況を察するものがある。彼女の話によるとバスや車で商業施設には行けるもののそんなに楽しいものではないらしい。遊べるところも限られていると見知った人もそこに集まるので自由になれないようだ。地方の厳しい現実を感じざるを得ない瞬間だった。
陽が傾き始め間もなく終電が近づいてくる。いすみは親切に駅までついてきてくれている。
「じゃあ今日はありがとう」
「ん」
駅に到着しもう大丈夫だよと伝えようとした時だった。
「ねえ、またここに来る?」
彼女はぽつりと俺に問いかけた。
「どうだろ。でもなんかここにくると心身ともに落ち着く感じがするしまた来そうな気はするけど」
「じゃあ、ここに来るときってかけるんがダメな時じゃん!そう言われるとなんか複雑だな。まあいいや。もしまた来るときは連絡してよ。今度は違うところも案内するからさ」
いすみは俺に連絡先の交換を提案する。思いがけない誘いに困惑する。だって相手は学生だぞ?
「いや、それって」
しかし彼女は半ば強引に
「はいスマホ出してロック解除して」
と迫る。その勢いにノーと言うことはできず、あっという間に彼女の連絡先がSNSに登録される。
「気にしてることは分かるよ。でも私とかけるんと似てると思うんだよね。何か心のどこかに穴が開いててさ。原因は分からないけど、きっとその穴が心をすり減らしているの。あはは、ごめんねなんかかっこつけた感じになってるね」
彼女は笑ってごまかそうとしているが俺には言いたいことが分かるきがした。
「いや、いいよ。よかったら続けてくれないかな」
彼女はなんとか言葉を紡ごうと唸る。そしてようやく見つけた言葉は
「うまく言えないけどさ、なんかかけるんといたら変われる気がする。だからさ、また話を聞いて。話を聞かせて」
そこまで言われて無理何て言う事が出来るわかがない。俺は大人になりたいけどなれない、囚われているこの場所で息を詰まらせている彼女の支えになりたいと感じてしまった。同時に俺も彼女の悩みと向き合うことで俺自身の抱える息苦しさも何か変わる気がした。
「分かった。じゃあ、今回はまたねじゃなくてこれからもよろしくだな」
「うん。よろしく」
いつの間にか到着していた電車に俺は乗り彼女の姿が見えなくなるまで手を振った。
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