10話 再会
あの後夜遅くに帰宅した俺は、急にどっと疲れを感じ翌日は一日中寝て過ごした。現地では雪だるまを作ったこと以外に身体を動かしてはいなかったのだが、、、
そうして寝ていると、気が付けば新しい1週間がやってきた。結局出かけたことで得られたものがあったかと言われるとよく分からないが、少しだけ気持ちはすっきりした気がする。
そうしてまた俺は1週間働いた。そしてさらに1週間働く。しかし悲しきかな。俺はまた自分自身の存在意義に疑問を抱くようになってしまう。働き続けるとどうにも息苦しく感じてしまう。そんな生活をしていたからだろうか。
「今日はどうしたの?」
俺は気が付けばまたこの場所に、そうまたしても雪国の無人駅へ足を踏み入れていた。交通費を最初は気にはしていたが、もし俺に彼女がいたと仮定したとき1日に使うお金を計算したところ交通費は大して変らないのでは?そう思うとお金を気にするのが馬鹿らしくなりこうしてまた足を延ばしたのだった。
そんなお気に入りになったこの駅に着くと見覚えのある女の子がいたのだ。
「えっと、とりあえず久しぶり?」
「久しぶり~」
彼女は俺に少しだけ微笑み手を振る。そんな彼女の姿に俺は正直なところ困惑した。もう目の前にいる少女に会う事なんてないと思っていたからだ。確かに前回「またね」なんて言ってお別れをした気がするがエモい思い出の一部になると思っていた。
「ねえ、おじさん。じゃなかった。えっと何て呼べばいい?」
そういえば初めて会った時にお互い会話こそしたが名前は聞いていなかったし教えていなかったことを思い出す。
「えっと、加須翔って言います。埼玉の加須市ってとこのかぞで翔は翔んで埼玉の翔って書いてかけるです」
「なんか硬いよ。う~ん…じゃあかけるんでいっか」
数秒で俺の呼び方が決まったようだ。なんか疲れた俺の雰囲気には似合わない可愛い雰囲気が漂う呼び方で似合わない気がするが、彼女がそれでいいならいいか。
「あ、私は五泉いすみね。よろしく~」
一方の彼女はとても緩く自己紹介を済ます。なんだかとても距離感が近い気がするのだが気にしすぎだろうか。若い子のことはよく分からん。
「いすみさんね。よろしく」
「いや、それは無いわ」
「ええ…」
どうもいすみさん呼びが気に食わない様だ。
「じゃあなんて呼べばいいんだよ…」
「いすみんとか?かけるんとおそろ的な?」
的なじゃないんだよな。四捨五入したら10年離れた年下の子だぞ。あだ名呼びは下手したら事案では?
「それは難易度高いんだが…」
「へえ~」
俺が少しうなだれていると彼女は得意げな笑みで俺を除きこむ。もしかして彼女に変なスイッチが入ったか?
「へ~~え」
その予想はどうやら的中したようで
「どうした?ん?恥ずかしい?」
と挑発してくる。
「ああああ、そうだよ!」
俺は観念して降参の合図を彼女に送る。
「じゃあ、いすみって呼んで」
「それなら…」
と言うことでお互いの呼び方が決定する。もちろんこの間に電車も来なければ客も来ないのでこんなやり取りを2人で続けている。立ち話もなんなので俺達は椅子に腰かける。
「そうだ。かけるんはどうしてここに来たの?」
ああ、電車から降りて彼女に会った時に聞かれた質問だ。すっかり忘れていた。どこまで言おうか。そう思ったがなぜだか彼女に隠す必要は無いと思い
「何と言うか、ここが落ち付くんだよ。自然に包まれてる感じがするというか現実から目を背けられる気がして」
何言ってるんだろうな。きっと彼女からしたら何を言っているのか分からないだろう。
「でもここはここで何もなくてつまらないよ?」
分かってはいたが彼女は否定的だ。前に会った時に東京への憧れは十分に感じている。
「何も変わらない毎日で停滞してるの。それでみんないいって思ってる。だから息苦しい。でも東京は停滞とは無縁でしょ」
なるほど。俺はこの場所の表面しか触れていないからそういった事情何て知る由もない。
「でも、こっちも同じだよ。忙しない日常に追われてなんの代わり映えのない毎日を送るだけ。気が付いたら心がどこかすり減ってる。だから何にも追われないこの場所を俺は求めてる」
二人の間に沈黙が流れる。そんな静寂を上りの線路からやってきた貨物電車が強引に切り裂く。
「なんだかお互いかみ合ってないようで似てるね」
「そうだな」
俺も彼女の考えに同意した。
「都会から解放されたいかけるんと田舎から解放されたい私。でもお互い今いる場所が息苦しい」
相反している考えなのの抱えている心の枷の重さは同じ。分かり合えないようで分かり合える不思議な距離感を感じる。
「早く大人になれればな」
「大人って何だろうな」
「ちょっと大人が変なこと言わないでよ」
「いや、案外大人って年齢で区切ることはできるかもしれないけどそれじゃ本質的な大人を定義することはできないって思ってさ」
「変なの」
「自分でもそう思うよ」
俺は壁に寄りかかる。もし俺が大人になれていたのならばきっとこんな単調な生活を送らずにもっと堂々とした毎日を過ごしているはずだ。
隣を見ると彼女も何か考えているようで遠くの空を眺めている。
「なんだか生きるって難しいんだね」
「そうだな」
すごく重い空気が流れている気がする。けれども俺は不快ではなかった。なぜだか彼女と同じ痛みを共有できた気がしたのだ。成人男性がまだ高校生の女の子にそんなことを感じるなんて情けないことこの上ないのだが。
「今日も日帰りなの?」
この空気を断ち切ったのはいすみだった。俺の肩をトントンと叩きそう尋ねる。
「うーん。そうだね。できればもうちょっとゆっくりしたい気もするけど」
さすがに宿泊までは考えていなかった。
「そっか。じゃあ、この辺で良ければ案内してあげよっか?」
彼女は俺に魅力的な提案をする。地元の人に案内してもらうなんてなかなかできることではない。
「いいのか?」
「うん」
彼女はかわいらしい萌え袖からのびる指を座っていた俺に伸ばし
「行こ」
と言うと元気いっぱいに俺を引っ張り出した。
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