5話 いつもと違う朝

カーテンの隙間から差し込んだ朝日の眩しさで俺はセットしていたアラームが鳴るよりも早く目を覚ます。不快なアラームに現実をたたきつけられ、それに抵抗するように2度寝を身体が求める通常の平日とは大違いの朝だ。自然に上体が起き上がる。布団を出ると少し寒気を感じるが、そのまま洗面台へ向かい簡単に顔を洗う。そしてカーテンを開くと昨日の吹雪とは打って変わってさわやかな朝日が山々から顔を覗かせ白銀の世界を眩しく照らしていた。いつまでもこの景色を眺めていたかったが朝食の時間だ。俺は食堂に向かうことにした。部屋に比べてやや冷えた廊下を進み食堂に近づくと

「そういうのいいから、余計な事しないで」

「でも、いい機会だから」

 喧嘩だろうか。2人の女性がなにやら言い合っている。一人は昨日出迎えてくれた女将さんでもう一人は声から学生のような若そうな雰囲気がする。もしかして喧嘩だろうか。この言い合いの中に入るのはなかなかの勇気が必要だ。食堂の入り口はちょうど壁の向こう側なので一旦様子をみて、落ち着いてから入ろう。


「もう知らない。行ってくる」


 語尾を荒げ俺とは反対側にあると思われる扉を開け外に出たようだ。どうやらこの宿は家族経営のようだ。きっと今行われていたのは思春期特有の家族喧嘩的なものだろう。俺は心に余裕があるためか自身にもそういうときがあったなと思い出し微笑ましい気持ちになる。そんな時ピロリロとポケットの中のスマホが間抜けな音を大きく鳴らす。いけないアラーム用に音量を大きくしていたのだった。しまった。そう思い急いでスマホを取り出す。しかし時すでに遅しで

「えっと…入って大丈夫ですよ」

 申し訳なさそうな声が朝食部屋から聞こえてくる。

「その、もしかして聞いてましたか?」

 何も聞いていなかった体を装おうかとも考えたが、嘘をついてもしょうがないので俺は正直に

「えっと、はい。とは言っても最後少女が怒鳴って出ていくところだけなんですけど。その娘さんですか?」

「ええ。お見苦しいところを見せてしまいすみません。娘です。今朝食をお持ちしますね」

 女将さんは、そのまま申し訳なさそうにキッチンへと向かった。好きなところにお座りくださいとのことだったので俺は近くにあった椅子に腰かけそのまま朝食を待った。そう待つことは無く、女将さんは料理を載せたお盆をもって戻ってくる。そして俺の座るテーブルに朝食を置いてくれた。目の前に広がったのは美しき日本の一汁三菜。普段朝食は簡単に済ますか抜いている俺にとっては夢のような光景だ。料理も輝いており見るからにおいしそうだ。

「いただきます」

「どうぞ、つまらないものですが、召し上がってください」

 箸を手に取りまずはごはんから食することに。この地域は米どころなので期待せずにはいられない。

「おいしい。普段食べてるものとは全然違う…」

 噛んだ時の弾力、水分量、甘さ。何もかもが違う。白米だけでも箸が進む進む。

「あのこのお米ってこの近辺でとれたお米ですか?」

 こう感動しておきながらこの地のものでなかったら残念なので念のため女将さんに確認をする。

「そうですよ。精米したのも最近だからきっとおいしいと思うわ」

「とってもおいしいです」

 俺の舌は一応機能していたようで安心する。そして聞いたところ米だけではなく他の献立も地産地消にこだわっているらしい。そしてどの料理もおいしく箸がとまらない。

「そんなに美味しそうに食べてくれるのを見ると嬉しくなるわね。」

「ええ。どれもとってもおいしいです。普段こんなに朝食を食べることもないのでとても幸せです」

「嬉しいこと言ってくれますね」

 それからも女将さんとは軽く会話を挟みながら朝食をいただいた。誰かと会話をしながら食べる朝食はいいものだと思った。一人暮らしをして長いが、昔は両親とともに朝食を当たり前に食べていたことを思い出しどこかノスタルジックな気分にもなった。俺が朝食を終えるのを見ると

「今コーヒーをお持ちしますね」

 女将さんは俺の目の前の食器を片付けてからコーヒーを持ってきてくれた。それから少しだけ間を置いて

「あの大変恐縮なのですが1つ相談させていただいてもよいでしょうか…?」

「ええ。その役に立てるのであれば」

 俺は控えめに答えた。そうして女将さんからお話を伺った。内容はなんとなく想像していた通り先ほど喧嘩をしていた娘さんとのことだった。現在高校に通学している娘さんをこの女将さんは女手一つで育ててきたようだ。基本的に自由に過ごさせてきたようだが、一時期問題を起こしてしまったらしくそれ以降二人の関係はうまくいっていないらしい。最近娘さんは丸くなってきたようだったがそんな中での進路希望調査で東京に出ていくと言い出したようだ。大学に行くこと自体は反対するつもりはないのだができればこの宿の手伝いもしてくれるとありがたいと思っていた女将さんとの意向とで対立してしまったらしい。今朝もその件で話をしていたらしい。

「まあ、朝からしたい話ではないですよね…」

 自分が娘さんだった時の立場を考えて正直に答える。

「そうよね…」

それからもう少し深く聞いていくと、女将さんも強制したいわけではなくこの提案を聞いてもう少し考えてみて欲しいということだった。とは言っても事実上女将さんが中心に営業している宿で働きながらとなるとこのまま仕事を継いでほしいという風に映っても仕方がない。上京したい娘さんからしたらいい迷惑だろう。ちゃんと本人が納得をしたうえでの決断をしないと将来後悔することにも繋がりかねない。ただ親としての立場もあるのは理解している。

「生意気なことを言うかもしれませんが、大学に行くっていう進路が2人の共通見解であるなら、どうして地元の大学がいいのか、どうして上京して進学したいのかしっかり理由を伝え合った方がいいと思います。色々オープンキャンパスとかで体験できることもあると思いますし。今だからできる体験っていうのを色々なところでさせてあげた方がいいと思います。自分の年じゃ感じられない娘さんの年齢だからこそ感じられることがたくさんあるはずなので。」

「何言ってるの。あなたもまだまだ若いじゃない」

 お母さんは微笑む。

「いや、でもやっぱり20代と10代は違いますよ」

 俺は昨日までの灰色な世界を思い出してそう答えた。

 

 それからは、心機一転この辺の観光の情報や特産品などの話をしてもらった。ほんの少しだけこの辺を見て回って午後から会社に行くことを伝えると端的に有益な情報を教えてくださった。

「改めてごちそうさまでした。とってもおいしかったです」

「こちらこそ。たくさん話せてよかったわ」

 感謝を伝え俺は食事場を後にした。俺はさっきスマホがなったのを思い出し内容を確認する。着信音の内容は会社からのメールだった。どうやら半休の承認が下りたようだ。なぜ上司はこんな早朝に業務連絡を見ているのか。薄っすらと闇を感じ画面変える。俺は電車の時刻表を確認することにした。今からだと1時間くらいこの辺を探索する時間があるのでぶらぶらしようと思いチェックアウトすることにした。

帰り際お母さんは

「またよかったら来てください」

「はい。機会があればぜひお伺いさせていただきます」

俺は、こうして命を救ってくれた宿を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る