4話 宿泊
宿を確保することができたので一人寂しく見知らぬ地で凍え死ぬことはなくなった。ただ残念ながら夕食は当然急な宿泊ということで、宿では用意することはできないとのことだった。そのため自身で何かしら確保しないといけない。ただ電話で伺った話によるとやや宿から離れたところに辛うじてコンビニがあるらしい。俺は雪が降る中スマホでコンビニの位置を確認する。すごく離れているのではと覚悟はしていたが、思いのほか離れていないようで安心した。俺は傘を持っていないので荷物を片手に持ち足元に気を付けながら歩く。そんな俺に雪が積もっていく。しかし雪はサラサラとしており振り払えば落ちていくので不快にはならなかった。むしろあっという間に雪が服や頭に積もっていく様子を見るのが楽しかった。
15分ほど歩くと雪が舞う中にポツンと光を放つ建物が見えた。普段ならどこにでもあるコンビニだがとてもありがたい存在に思える。到着した俺は、コンビニのドアが2重なことに驚いた。コンビニに入る前に別の雪避け用のドアがあったのだ。生活の知恵を感じ店内に入ると良く暖房が効いており俺の芯まで冷えた身体が温まる。ゆっくり店内を眺め俺は残っていた弁当とインスタントのみそ汁を手に取り会計を済ます。コンビニから外に出ると凍てつく風が俺に遠慮なく畳みかけてくる。
「寒い」
折角温かくなった身体は無情にもまた少しずつ冷えていく。俺はコンビニで買った弁当の入った袋を握り、宿を目指す。手袋やカイロでも買えばよかったと後悔しつつもなんとか歩を進め地図が宿と示す場所へたどり着く。一見民家のような外観だったので本当にここであっているのかと思ったが、教えてくれた学生さんは民宿と言っていたしここで問題ないだろうとは思うのだが…と少しあたりを見渡すと宿の屋号があったのでここで問題ないようだ。入り口に明かりがついていたのでそのまま中に入る。暖房はしっかり効いていて入った瞬間温かかった。ただ人の気配は感じない。
「あの、すみません」
恐る恐る細く声を出してみる。しかし広い廊下から反応はない。もう少し時間をおいて改めて声を出す。すると
「はーい」
遠くから声が響きとことこと足音が聞こえてくる。
「お待たせしました~」
おっとりしたような声色で女将さんが俺を迎える。
「先ほど電話を頂いた方でよろしいでしょうか?」
「あ、そうです。先ほど電話をした加須と申します」
「こんな場所にこんな時間に来られるなんて珍しいわね。寒かったでしょ。短い間かもしれないけどゆっくりしていってください」
突然の宿泊にもかかわらず女将さんは俺を温かく歓迎してくれた。俺の泊まる部屋は2階のようですでに布団は敷いてあった。
「今日は他にお客さんいないからお風呂は23時まで好きな時に入ってください」
ということだったので少しくつろいでコンビニで買ったお弁当やみそ汁を食べることにした。すごいところに来たなと思いさっきまで歩いていた外は部屋から見るとどのように映るのか気になりカーテンを開ける。窓は水滴によって曇っていたのでポケットに入っていたハンカチで吹く。そして露わになった外の光景は…
「これだよ」
まさに求めていた光景だった。世界を白一色に染めてしまうかのような凶悪で暴力的な美。有無を言わさず吹き荒れる吹雪は今日まで俺の心を蝕んでいた黒くて暗い闇を飲み込んでくれた気がした。心が軽くなる。同時に身体も軽くなる。しかし吹雪の中俺は歩いていたんだなと感心する。そんな中食べるコンビニ弁当はいつもの一人での無機質な食事とは違って不思議なことにおいしく感じられた。インスタントのみそ汁も心身ともに俺を温めてくれた。いつもの淡々とした機械的な1日では味わうことのない「生」を久しぶりに実感した。食後にお茶を飲み少しゆっくりと過ごす。
大分疲れも感じ始めてきたのでそろそろお風呂を使わせてもらおう。そう思い立ち上がる。いつもはシャワーで汗を流すだけで済ませてまともにお風呂につかれていないので入浴は楽しみだ。お風呂は1階にあるとのことなので早速1階へ向かうことにした。今日は平日のど真ん中のこの悪天候ということで宿泊客は俺を除いてほとんどいないらしい。なので誰かに会う心配はない。しかし1階に降りると宿泊客はいないはずだが明かりのついた部屋があったので不思議に思う。女将さんの部屋だろうか?働きっぱなしということは無いだろうし民宿という形態であるからプライベートな部屋があっても違和感はない。俺はそのまま明りのついた部屋を横切り浴場へ向かう。
浴場の前の扉に辿り着いたときだった。俺はふと背後に視線を感じた。しかし振り向いてみたものの誰の姿も感じなかった。宿泊者は俺しかいないから当然なのだが。きっと何かの勘違いだろうと思い、俺は風呂に入った。
入浴を終えた俺は部屋に戻り椅子に座りくつろいだ。こうしてゆったりと過ごしていると色々な憑き物が落ちて自分が自分ではないような気がしてくる。さて、そうはいっても今日は半休で会社を休んだが明日も休めるかと言うと残念ながらそううまくはいかない。午後からは出席しないといけない会議があるので有給を取ってもう少しこの辺でゆっくりするという贅沢な時は過ごせない。のんびりとスマホの乗り換え案内アプリで帰路を調べたところ、一応そう遠く離れていないところに新幹線の駅があるようで3時間あれば会社に戻れそうなことが判明した。午前中は別にやるべきことがあるわけでもないので午前の半休の依頼をメールで上司に送信する。気が付けばいい時間になってきたので俺は眠る支度を整える。そして突然の宿泊にもかかわらず明日は朝食をいただけるらしいので寝坊するわけにはいかない。俺は布団で横になると今日一日の心地よい疲れに身を任せ眠りについた。
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