第20話 待ち合わせ

 祐希は南條と何度が来たバーのカウンターで、ぬるくなったビールグラスに口を付けながらちらっと腕時計を確認する。

(長引いているんだな)

 待ち合わせ時間から40分過ぎていた。お互い会社勤めの身だから、やむを得ず仕事が終わらないことはわかっている。待たせる南條も負担だろう。この1杯を飲み終えたら、今日は帰るかなと祐希は諦め顔で考えていた。

 この店で待ち合わせた後、今日は南條の部屋でテイクアウトした料理を楽しむ予定だったが、2人とも明日も仕事だ。仕切り直した方が良いだろう。頭ではわかっていても付き合い始めの蜜月だ。会いたい気持ちが募る。

 憂いを纏った祐希は、しっとり儚げで人目を引く。

 隣の席でいつからか飲んでいた若い男が、祐希に声をかけた。

「お一人ですか」 

 モノトーンのビジネスカジュアルの装いに爽やかな短髪で20代半ばの男性だった。一瞬でそれだけ確認した祐希は知り合いだったかと頭の中で検索をかける。

「待ち合わせなんです」

 一言だけ返し、頭のデータベースにはヒットしない相手の出方を覗った。

「僕も待ち合わせなんですが、相手が遅れているみたいで。良かったら話に付き合ってもらえませんか?なんなら1杯ご馳走させてください」

 知り合いではなかったか。口調や表情からは嫌な感じもしないため、袖すり合うもなんちゃらというし、話すくらいまぁいいかと祐希は頷いた。

「酒は結構です。まだ入っているこれを飲みきったら帰ろうと思っていたので、それまでなら」

 祐希は、目でグラスを指しながら、初対面の男へ警戒と敬語を外さず返す。

「良かったです。突然話しかけて嫌がられたり、帰ってしまったらどうしようと思っていたので、ほっとしました」

 屈託なく笑う男は思ったより若いのかもしれない。弟を見るような気持ちになり、祐希は心のバリアを1段下げた。

 男は近くの大学の院生だとのことで、文系の祐希の知らない理系の話題が豊富だった。殆ど男が喋り、祐希は聞き役だったがお陰で待ち時間が早く過ぎる。

 男は祐希のグラスの中身が無くなる寸前、スタッフに祐希のためのソフトドリンクを勝手にオーダーした。

「僕だけ置いて帰んないでくださいよ。もう少しだけ、半分だけでも飲んでからにしてくれませんか。相手の方にそう連絡したら時間的にも丁度いいんじゃない?」

 子犬みたいに眉を下げて見上げて来る男はどうでも良かったが、南條をもう少し待ちたい気持ちがあった。

「じゃあ、半分だけ」

 祐希は、ポケットからスマホを取り出し、南條にメッセージを送る文面を真剣に打ち出した。


「先輩、申し訳ありませんでした」

 南條が、祐希との待ち合わせに間に合うように帰ろうとした時、森下に泣きつかれた。

 いつもならしないミスを森下がしたと報告をしてきたので、祐希にはとりあえず遅れる旨を連絡し、森下と2人対処にかかる。

 やっと事なきを得たところだ。

「ああ。次から気をつけろよ。今回のミスはお前らしくないが、丸く収まって良かった」

 頭を下げてしょぼくれた様子の森下を見やり、気にするなと励ます。

「夕飯ご馳走させてください」

 顔を上げた森下が、南條にお礼がしたいと食い下がる。

「いや、いいよ。後輩に奢らすわけにいかないだろう。待ち合わせしてるから、俺もう行くな、お疲れ」

 南條は、手早く机上を片付け、森下に挨拶するとエレベーターへ向かって部署を出て行く。

 その背中を見送る森下が、薄ら笑いを口元に浮かべるのを、気付くことは出来なかった。

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