第13話 過去

 南條とそういうことになってしまった翌週、相変わらずマメにメッセージをくれる南條と、以前一度行ったバーに来ていた。


 そういうこととは、あの日、服を脱がせ合いながら相手の身体を触り合い、性器を擦り合い一度ずつ果てたあとは、太腿を締めるように導かれ、南條を挟み込む所謂素股で交互に射精したことだ。

「準備がないから今日はこっちで」

と南條が言い、色々したが最後まではしていない。

 思い出せば恥ずかしくなるが、祐希は同性とのそういった行為は初めてだったし、挿れる以外にも、こんなに気持ち良くなることがある事を知らなかった。

 好きな人と肌を合わせる幸せと、ただ快楽に翻弄され身を委ねるだけで充分満足だった。

 でも、南條はどうだったんだろう。

 男なら、当然挿れたかったのではないか。祐希だって女性相手にはそっちの経験があるから、自然と挿入前提で考えてしまう。

 そうすると、自分が抱かれる事になり、未知の世界への不安も感じてしまうのだ。

 このところ、以前はなかった悩みが増えた。

 当然だが南條とは、今まで性的嗜好について話したことがない。いずれにしても、南條は経験豊富そうだと感じては、モヤモヤしてしまう自分がいる。

 2人の関係についても、南條はどう思っているんだろう。セフレと思っているかもしれないと考えると、悲しい気分になるのだった。


 今日は南條と会って、2人の関係にはっきり進展があるかもとの期待と覚悟を抱いて待ち合わせた。

「カウンターでもいい?」

 スタッフに聞かれた南條が頷き、並んでカウンターの奥の席に着く。

 注文した酒を乾杯と軽く傾けてから、店内の雰囲気に合わせた小声で会話し始める。

 近況を伝え合い、話の一区切りがついた時、南條が祐希の耳に顔を寄せてきた。

 息が掛かりくすぐったい。どうしたんだろうと思い、南條に目で問う。

「早く会いたかった」

 耳元で甘い声が聞こえて、祐希は自分がみるみる赤くなるのがわかった。更に南條の声が続く。

「この前は可愛いかった。帰したくなかった」

 囁くように小さな声だが、席の背中側は通路だし、カウンターには他に客もいる。

 誰かに聞かれたら、と気が気ではない。

 そんな時、背側の通路から靴音が近づいてきて、南條と祐希の間で止まった。

「こんな所で会うなんて、偶然ですね」

「ああ、森下か。」

 この前のイベントにいた南條の後輩だった。相変わらず、俺の事は透明人間のように扱う。笑ってしまうほど正直な子だ。

「南條先輩はお友達と飲みですか?僕もなんです、あっちの席で。何なら一緒に飲みませんか?」

 さすがに嫌だなとは思ったが、なるべく顔に表れないよう努力した。

「いや、こっちはこっちで楽しく飲んでいるから気にしないで」

 南條が笑顔であっさりと断り、少し会話した後に森下が元の席に戻って行った。

 カウンターに向き直りながら、ホッとする。

 南條には自分の心の狭さを知られたくないが、森下が南條に向ける視線には、好意があからさまに現れている。南條と森下のことなのに、それが気に障ってしまう自分が嫌になる。

「この前会ったよね。会社の後輩なんだ。慕ってくれてるみたいでね」

「そうなんですか。良かったんですか?何なら、1人で飲んでるから行ってきても……」

 カウンターの下で南條の膝の先が祐希の大腿に当たる。身体を自分に向けたようだが、顔に考えが出てしまいそうで南條の方を向けないでいた。

「……妬いてくれてる?」

 また、耳の側から、今度は笑みを含んだ声がした。

「トイレ行ってきますっ」

 ガタガタッと慌てて背の高い椅子から降り、トイレに向かった。


「今晩は。雨宮さんですよね?南條さんの後輩の森下です」

「今晩は。プライベートだったんで挨拶もせず失礼しました」

 手を洗おうとした時、いつの間にか順番待ちをしていた南條の後輩に話しかけられた。

なんだ。気付いていたのか。で、無視したと。

「いいえ。こちらこそ。先輩とはよく一緒に?」

「まぁ、偶にです。……ではまた」

「南條先輩、まだあの人の事で落ち込んで、飲み歩いているんですね。余り飲み過ぎないようにしてあげてください」

 気まずくて早々にトイレから出ようとしていた足を止め、思わず振り返り尋ねる。

「あの人って?」

「えっ知らなかったんですか?昨年、結婚間際に婚約者が浮気して別れてから、先輩ずっと荒れていたんです」

 結婚間際……婚約者……。

 突然知る南條の過去に頭が追いつかない。

「僕から聞いたこと言わないで下さいね」

 森下はそう言うと、さっさと先にトイレから出て行ってしまった。

 ふぅと深呼吸を1つして落ち着こうとする。

 婚約というからには相手は女性だろう。予想の範疇だし、あれだけ良い男だ、女だって放っておかないだろう。過去の出来事だ。

 平静を装って、南條の待つカウンターへ向かった。

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