第11話 外飲み
一度自宅に招待した後は、会う機会こそないものの、南條とのやり取りは続いている。
仕事の休憩中、疲れたなと思ったタイミングでメッセージが来たり、たまに朝や夜にスタンプを送り合う程度だ。
メッセージを送る一瞬は間違いなく自分を気にしてくれていることが嬉しい。離れていてもは繋がっている気持ちがするのだ。
決して南條が自分と同じ気持ちだとは自惚れてはいない。誰から見ても非の打ち所がない南條が、ましてや自分のような男を選んでくれるなんてあり得ないだろう。だからこそ、気付いてしまった自分の気持ちは押し隠す。気の合う取引先の同年代の友人として接しようと、気を引き締めないと。
そう思っていた矢先、南條からメッセージが送られてきた。
「今週末は、先週行けなかった嵐山を予約したよ」
待ち合わせの時間と場所までもが手際よく指定されている。
当たり前のように予定を入れる強引さに驚くとともに、週末に過ごす相手として自分が選ばれたことに喜びを感じ表情筋が緩んでしまい、目敏い同僚に突っ込まれる。
「雨宮さん、何か良い事があったんですか?凄く嬉しそうなお顔でスマホ見られてましたね」
「お?そうなのか雨宮。何だデートか」
課長までがそんなことを大声で言うものだから、冷やかしの声があちこちから上がる。
「違いますよ。会いたかった友達から連絡があっただけです」
「そういうことにしておいてやる。ほら皆仕事に戻れ」
時々鋭い三ノ宮課長の一声で、皆渋々仕事に戻っていった。
嵐山は祐希の会社からの方が近い。これまでと反対に南條が祐希の会社の最寄りまで来てくれ、スーツ姿の2人で連れ立って嵐山に向かう。
相変わらず人目を引く南條は、金曜日だというのに疲れも見せず爽やかだった。長身と言われる祐希が隣に並んでも、少し見上げる高さになる顔をこちらに向け、今日あった出来事を話してくれている。
2人が並んで歩いていたら、会社帰りの同僚にしか見えないだろう。それが祐希には少し寂しく感じた。重傷だな、と自分でも思う。
恋人にでも見られたいのか。男同士なのに。
万が一隣を歩く男が恋人だったとしても、誰に会うのかわからない場所でそう見えたら困った事になるだろう。
矛盾した考えが、祐希の頭の中で堂々巡りしていた。
「いらっしゃい、祐希さん。ビールですか」
賢悟がいつものように聞いてくる。
「うん。南條さんは何にしますか」
「俺も最初はビールで乾杯にしようかな」
日本酒の銘柄の書かれたメニューを渡すが、南條は受け取りそのまま置いた。
「常連なんですか?やけに親しそうでしたね」
賢悟が去ると、低い声で南條が尋ねてきた。
酒の肴を見繕いながら、答える。
「さっきのは大学の後輩なんです。だからこの店には偶に友人と来るんです。」
南條の表情は普段と変わりないが、口調が拗ねているように聞こえる。もちろん気のせいだろうが。そういえば、ここで一度南條を見かけたことあったっけ。
「以前に一度、この店で南條さんを見かけたことがあるんですよ」
「何だ。祐希さん覚えていてくれたんですか。この店を提案された時、思い出してもらうのに丁度いいと思っていたのにな」
南條も覚えていたんだ。胸の奥から嬉しさが込み上げる。
喜びのあまり、饒舌になり続けた。
「トイレの前でぶつかりそうになりましたよね。でも、それより前が初対面なんですけど、さすがに南條さん覚えてないですよね?」
南條の動きが一瞬止まり破顔した。普段は男らしいのに、笑うと少年のようだ。見惚れるほどの笑顔が眩しい。
「やっぱりそうだったんだ」
ふいに、テーブルの上のジョッキを掴んでいる手に南條の手が重なる。
驚き興奮の余り、目の前にたまたまあった物をつい掴んでしまったんだろうか。
何かの間違いかとその手を見つめてしまった。その時、祐希のすぐ後ろを人の歩く気配がした。祐希が緊張した途端、スッと手が離れていく。
その手を引き留めたいと思ってしまう、自分はやはり南條のことが好きなんだろう。
もう誰かを好きに、ましてや男を好きになるとは思わなかった。
「綺麗な人だと初めて会った時から思っていた」
南條が放つ、離れた手の代わりと言わんばかりの熱烈な言葉に、祐希は始め信じられない思いで、次第にどこを向けば良いかわからないほどオロオロした。
そんな祐希を見て南條はクスッと笑う。恋に不慣れな自分を呪いたくなったが、南條もそれ以上その話題には触れて来ない。
何杯かずつ飲み肴を摘み、他愛もない会話を交わしながらもずっと、祐希は落ち着かない気持ちだった。
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