第10話 招待

「頂きます。乾杯」

 2人で声を合わせて乾杯する。

「美味い。雨宮さんと飲むからかな、前店で飲んだ時も美味いと思って今回取り寄せたんだけど、その時より美味い気がする」

 いつの間にか、南條の口調が砕けたものに変わっている。つられて祐希も敬語がおかしい。

「この日本酒、口当たり良くて飲みやすいですね。つい飲みすぎちゃいそう」

 南條には前もって伝えてあったが、俺は強くないので、乾杯だけでビールに変えるつもりだった。だがもう少し飲みたいと思わせる酒だった。南條は酒もいける口らしい。ラザニアを取り分けながら聞いてみる。

「南條さんて、何でもできて完璧に見えます。できないことはないんじゃないですか」

一瞬沈黙があった。

「そんな人間いるわけないですよ。雨宮さんこそ、手早くこんなに美味しい料理が作れるなんて。毎日でも食べたいくらいだ」

 南條は食べる姿勢も箸の使い方もきれいで、食べ方も美しい。こんなに美味しそうに食べてくれるなら、こちらこそ毎日食べて欲しいくらいだ。

「良かったら、いつでも食べに来てください。食べたいもの言ってくれたら頑張って作りますよ。一緒に買い物に行って決めても良いですし」

「それは休日のお誘いですか?もちろん楽しみにしますね」

 自分は南條を休日に食事に来いと誘ったつもりはなかったが、南條がそう受け取ってした返事なら実現するかもしれない。休日にまで南條と会えるだなんて嬉しいが、南條はどういうつもりで言った言葉なんだろう。

 いつもの社交辞令だろうか、それとも……。自分の都合の良いように考えるのは止めようと戒める。

「言葉通りですよ。雨宮さん、また頭の中で色々考え込んでいますね。俺は休日にも雨宮さんに会いたいと思っています」

「あ、はい。俺もです。」

つい、ポロっと本音が口から漏れた。慌てて自分の口を押さえるが、出てしまった声は戻っては来ない。南條はそんな仕草の祐希を見ながら、声を上げて笑う。

「雨宮さん、下の名前で呼んでもいいですか?」

「え、あはい。それは構いませんが。知ってますか?俺の名前」

 嬉しい申し出だが、心配になり尋ねる。

「祐希さん。俺は佟慈郎という名前なんです」

「はい。佟慈郎さんて立派なお名前ですね」

 恥ずかしい。呼びかけられずに、質問の中に入れてみた。

「父が郎が付くので、父からもらったことになりますね。祐希さんも呼んでみてください」

「……佟慈郎さん」

「はい。ありがとうございます」

 きっと顔が真っ赤になっているだろう。祐希は、酔いのせいにして、水を飲みに台所に立った。

 その後、お皿を次々空けながら、南條の行った旅先の思い出話などを聞きながら、2人で旅行に行こうという話も出る。具体的な計画行先は決まらず、候補をお互い考えておくことになり、今日はお開きとなった。

 1人になり祐希は物思いに耽る。南條さんはどういうつもりなんだろう。そして、俺は南條さんのことが好きなんだな、やっぱり。自分の気持ちは認めてしまえば簡単なことだ。でも、南條の気持ちはわからない。揶揄われているだけなのかもしれないし、一時の気の迷いかもしれない。それこそ、あの時の先輩みたいに。

 辛い思いをするくらいなら、一線を画す方が気が楽だ。これ以上親しくならなければいいと、自分に言い聞かせる。もう遅いかもしれないと思いながらも、祐希は悪あがきを続けるつもりだった。

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