第9話 打ち上げ

 残念ながら、イベント後の南條からの連絡では、会社に急遽戻ることになったとのことで、2人の打ち上げは後日に延期となった。

 前回と同じスタンプの犬の泣いているものが送られてきた時、南條が残念に思ってくれている気持ちが伝わり、次の約束があることに喜んでいる自分がいた。

 その後の数日間は久しぶりに充実しながら仕事ができ、課長や同僚には

「雨宮、代打のイベント後、張り切ってるな」とか、

「外で刺激を受けて新しい企画のアイデアが湧いてくるらしいぞ」と妙な勘違いをされている。

 仕事へのやる気の原因は、南條とやり取りするようになった他愛もないメッセージだったのだが。


「お待たせしてすみませんでした。出がけに残業終わりが一緒だった同僚に捕まってしまって。だいぶ待ちましたか」

「いいえ。大して経っていませんし、雨宮さんのことを考えながら待っていましたから退屈しませんでしたよ」

 今日も南條の笑顔での気配りが冴え渡っているが、まるで女性を待つ男性のセリフに、祐希はこそばゆくなり首を竦める。

「南條さんは本当にモテそうですね。欲しい言葉がポンポン出る」

「ポンポンですか。そうですね、雨宮さんの前ならそうかもしれません」

 今日は駅で待ち合わせをして、祐希が店を決め南條を案内することになっていた。

 メッセージのやり取りでは南條からは日本酒党で美味しい肴のある所とのリクエストがあり、祐希は嵐山しか思いつかない。賢悟経由で予約を取ろうとしたら、2人の都合の良い週末が予約で埋まっていたため、南條に事情を伝え、思い切って、自宅で手料理を振る舞うことを提案した。決して下心があったわけではない。


「普段から料理されるんですか、雨宮さんは」

「そうですね。あまり出歩くタイプではないので。美味しいモノを食べながらまったり映画やテレビを観ることが趣味なんです。南條さんの趣味が羨ましいです」

「雨宮さんの趣味を今日味わわせて頂くので、今度は私の趣味にもぜひご一緒してくださいね」

 話をしながら2人で電車に乗り、あっという間に自宅に着く。南條の会社の方が自分の会社より自宅に近い。それだけでなく、南條と話をしていると時間が経つのが早い気がするのだ。

 自宅に到着し、物珍しそうに部屋を見渡す南條を恥ずかしさから急かしながら、順番に手を洗う。祐希は、背広を脱ぎ手早くエプロンを身に着けた。

「何か手伝います」

 南條にはハンガーを渡し、そう言うならと、テーブルの上にグラスや取り皿を出してくれるようお願いする。

「簡単なものばかりで申し訳ないんですが、仕込んであったものをオーブンに入れる間に、摘まめる物を作っちゃいます。終わったら南條さんはどうぞこちらで休んでて下さい」

 そうは言っても、南條はサラダやオードブル、出汁巻卵など無国籍の料理を出来た順からテーブルに運んでくれた。南條が準備したお酒は常温で美味しいらしく、それも並べてくれている。気が利く南條のおかげもあって、何とか30分ほどで全ての料理が完成した。

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