第8話 威嚇

 その後、南條からは何の音沙汰もなく、かといって自分から用事もないのに連絡することもできず、会いたいという気持ちに蓋をしながらイベントの当日を迎えた。

 社からの応援が数名と、取引先である会社の社員が大勢いる中で、忙しそうにする南條と個人的な話はできない。

 何度となく南條を目で追う自分に苦笑しながらも、終盤、南條が接客するところを、たまたま手が空いた祐希は、離れた場所から見つめる機会があった。

 未就学と思われる男の子へ高い背を屈めながら優しい声で話しかける姿や、その母親と並んで立ち、まるで親子のように笑い合う似合いの姿に何とも言えない気持ちになる。モヤモヤとしてしまう自分の気持ちに閉口ながらも、仕事はきっちり行いイベント自体は無事大成功を収めた。


「では、撤収もこれで粗方終わりですね。後は私の方でやりますので、皆さんお疲れ様でした。後日報告書の方を送らせていただきます」

「雨宮さんもお疲れ様でした」

 応援も撤収し担当者のみとなった場で、祐希が南條と最後に残る。お互い仕事モードの口調のまま、残りの確認作業に移ろうとした。

「雨宮さん、連絡くれなかったですね」

 背中から声をかけられビクッとした。いつもより潜められているが、南條の声だ。

「雨宮さんからの連絡、待っていたんですよ。そういう私もしつこいと思われるのが嫌でできませんでしたけど」

 親しさを感じさせる言葉を南條が自分に向かって投げかけられる。背を向けていて良かった。正面を向いていたら、じわじわと顔が赤くなっていくのを見られてしまっただろう。

 自分が連絡できなかった理由とおなじようなことを、南條もまた考えていたなんて。それともただの社交辞令だろうか。人心掌握術に長けた南條のことだ、後者だろう。

 振り向いてその真意を確認したかった。だが、まだ会場内の少し離れた所には関係者がいる。

「先日は楽しかったです。どうもありがとうございました。南條さんお忙しいでしょうに、気にかけて頂いて恐縮です」

「他人行儀ですね。日にちが開いたから、また距離ができてしまったのかな。もっと綿密に時間を取ったら距離が縮まるんでしょうか」

 向かい合わせになりお互いの顔を見ながら話していただけなのに、自分が舞い上がり、南條の目に吸い込まれそうな錯覚に陥る。祐希が何も言えないでいると

「雨宮さんさえよかったら、これから2人で打ち上げでも」

 願ってもない誘いに、祐希が、喜んでぜひと言おうとした矢先だった。

「お話し中失礼します。南條先輩、僕の方に課長から報告の催促の電話が入ってましたよ。何で課長からの電話に出なかいんですか、もう」

「森下、取引先の担当の方の前だぞ。雨宮さん、うちの森下と言います。失礼なことをして申し訳ありません」

「あっ、いいえ、とんでもありません。お忙しいのにお引止めしてしまい大変失礼しました。私の方は構いませんので、すぐに課長さんに連絡した方がよろしいのでは?」

 祐希はくるりと踵を返してその場から離れようとする。

「連絡します」南條の声が追いかけるように後ろからはっきりと聞こえてきた。

 取引先と個人的に仲良くすることも一般的にはあるだろう。だが、自分の気持ちがわかっていないものの、後ろめたさは拭えない。男の自分と親しげにすることは南條にとって良くないであろうことは明らかだ。

 それと、と祐希は思い出した。南條さんの会社の人だったんだ。森下が、諒と行った嵐山に、南條さんと一緒に来ていた背の低い方の人だった。部下か後輩なんだろう。何だか刺すような視線で見られた気もするが、気のせいだろうと思い直し仕事に戻った。

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