第5話

「というわけで、ノラン様から婚約破棄されてしまったのです」

「やれやれ…。普通、第一王子様から婚約破棄されたとあっては、心の底から動揺してもおかしくないほどの衝撃を受けるものだと思うのだが…。いったいなぜそこまで涼しい顔をしていられるのか…」


私の顔を見てやや驚きの表情を浮かべる、アルクお父様。

王宮から追放された私は他に行く当てもないので、そのままお父様の住まう家まで戻ってきた。

その時、私は何も包み隠さずに王宮であったことをそのままお父様に伝えたのだけれど、その結果帰ってきたリアクションがそれだった。


「衝撃と言われても…。婚約破棄されてしまったものはもう仕方がないと言いますか…。私自身、別に心から望んでいた婚約関係でもなかったので…」

「はぁ…。アリシラ、お前は相変わらずさっぱりしているなぁ…。俺にはそのメンタルの強さがある意味うらやましい…」

「…?」


さっぱりしている、というのは確かに周りからよく言われるかもしれない。

…ただ、私は素直に正直に生きているだけだから、あまり自分ではそういう性格だという自覚はないのだけれど…。


「まぁ、それはそれでよかったかもしれないな。最近ノラン第一王子の周りには、あまり良い噂を聞かない。アリシラと婚約関係を結んでいるというのに、違う女性にうつつを抜かしているという話も聞いた。それならいっそ、婚約破棄されて関係を終わらせてしまう方が将来のためには良い事なのかもしれないな」


お父様は落ち着いた口調でそう言葉を発すると、机の上に置かれていたコーヒーをゆっくりと口に運ぶ。

お父様は王都の中心街で本屋さんを開いており、それゆえか非常に博識な人だった。

だからか、お父様の元には勉強を教えてほしいという人々が多く訪れ、かなり人気のお店だった。

そして教えていた中から王都で偉い立場に出世する人まで現れることがあり、お父様はその時の縁からか王宮内部の事情や噂話にはかなり詳しかったのだ。


「さすがお父様、王宮にいた私よりも王宮の事にお詳しいのですね」

「そうでもないさ。所詮しょせんは全てうわさに過ぎないのだからな」


そうは言いつつも、少し胸を張って得意げな表情を浮かべるお父様。

お父様のこういう分かりやすい性格の部分は、私はかなりかわいいと思っている。


「あぁそうだ。そういえばお前が婚約者として選ばれるに至った”聖女の血”というやつだが、それについて詳しく書かれた本を見つけたよ。これを見てくれ」


お父様はそう言うと、大きな大きな本棚から一冊の古びた本を取り出した。

書かれたのはおそらくうんと昔なのだろう、表紙は干上がってしまっていて文字があまり見て取れない。


「俺も最初は半信半疑だったんだが、どうやら向こうの言っていることは正しかったみたいだな。この本によれば、以前この国には”神聖獣”と呼ばれる存在がいた。絶大な力を持つ彼らは聖女のみになつき、他の者の言う事はたとえ時の王であろうとも聞かなかった、とされている。…まぁ伝説上の存在ではあるものの、アリシラの体に聖女の血が流れているという教皇様の話を合わせて考えれば、意外にも無理な話と言うわけでもなさそうだな」

「えぇ…。正直私自身が一番実感がないのですけれど…」

「はっはっは。まぁそれもそうだろうな。なにしろ、神聖獣という存在は今は眠りについてしまっていて、その姿を現すことは基本的にないらしい。誰も見たことがない存在なのだから、実感などなくて当然だろうさ」


その本には、神聖獣の見た目や容姿に関する記載は一切ない様子。

なので、現実に私の前に神聖獣が突然その姿を現したとしても、それが本当に神聖獣なのかどうかを確かめるすべはない、のかもしれない。


「どうせなら、すっごく可愛らしい見た目をしていたらいいのになぁ…。ドラゴンとかトカゲみたいな見た目じゃなくって、ネコちゃんやワンちゃんみたいな姿だったら…」

「おいおいアリシラ、それじゃあ神聖獣としての威厳が保たれないだろう。やっぱり絶大な力を持つ存在は、その見た目も禍々まがまがしいものでなければ!」

「そういうものですか?」

「そういうものだとも」


多分、ここには男性と女性で明確に異なった感性があるのかもしれない。

私はやっぱり愛らしい見た目の子の方がタイプかなぁ、体もあんまり大きくても一緒に暮らすの大変そうだし、体洗ってあげるのも一苦労しそうだし…。


ゴソゴソゴソ

「……」

ゴソゴソゴソ

「…?」


と、そんなことを考えていたその時、お店の入り口の扉の方からなにやら妙な音が聞こえてきた。

…これまでこの場所でそんな音が聞こえてきたことは一度もなかったから、私とお父様は互いに視線を合わせ、一体なんだろうと考えはじめる。


ゴソゴソゴソ

「……」

ゴソゴソゴソ

「……」


けれど、しばらく経ってもその音は止まることなく鳴り続けていた。

音の正体が気になった私はその場から立ち上がり、そのまま入口の方をめざして足を進め始める。


「…??」


私は入り口からそっと身を乗り出し、音の発生源であろう場所に視線を移す。

そこには、私の想像とは違った意外な存在の姿があった。

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