第2話

「いやはや、なかなかに愉快なもよおしだったな。アリシラがまさか最後にあんな命乞いの言葉を言ってこようとは…♪」


婚約破棄の通告を終え、自室に戻ってきたノランは、非常に愉快そうな表情を浮かべながらそう言葉をつぶやいた。


「やはり婚約破棄の通告をイベントにしたのは正解だったな。集まった貴族令嬢たちも楽しんでくれていた様子。これで彼女たちからの印象も少しは良くなっただろうか」


そう、今回の婚約破棄の一件はすべてノランが事前に計画したものであった。

彼はもともとアリシラに興味を無くしていた段階から、婚約破棄の事についてはその頭の中で考えていた。

最初は普通に、彼女を自室に呼び出して1対1で婚約破棄の通告を行おうかと考えていたものの、それでは何の面白みもない、いやむしろもったいない。

それならば大勢の者たちを集めた王室の場において、盛大に婚約破棄を告げてショックを受けさせて辱めることの方が、より面白みのある最後なのではないかとノランは考え至ったのだった。


「ほんとは婚約破棄を告げられた時、泣きわめくくらいの事はしてほしかったのだが、まぁ全体的には及第点といったところか。聖女の血を引く存在だと言って期待させるだけさせておきながら、なんの役にも立たなかった女なのだ。せめて最後くらいは僕らの事を楽しませてくれないとな♪」


アリシラへの興味を失うや否や、ほとんど同時に貴族令嬢たちに目を付け始めていたノラン。

元々が第一王子という権威ある立場であることに加え、今回のようにある種”共通の敵”ともいえるアリシラの存在を派手に追放するというやり方を実現することで、彼女たちの心を一気につかむことがノランのもう一つの目的でもあった。


「これで僕の事を見る令嬢たちの目も、一段と強いものになったことだろう…。今日を境にして、僕の存在を彼女たちが奪い合う日々が始まるのだ…!男としてこんなに燃える展開はないというもの…!」


ノランは非常に切り替えが早かった。

最初こそ期待していたアリシラの力、しかしそれが期待外れのものだとみるや否や、このような有り様で次の婚約者候補を考え始める始末だった。


「…しかし、今思い出しても腹立たしいな…。第一王子であるこの僕の事を騙したなどとは…。まぁグレムリー教皇が聖女の血を引く存在だと自信をもって言うくらいなのだから、それは本当の事だったのだろうが…。しかしだからこそ腹立たしくて仕方がない。僕が期待していた聖女の力、それは王子である僕の事を心から癒してくれて、この上ないほどの喜びのひと時を提供してくれる。それが聖女たる女の能力というものだろう?それが現実にはあんな役立たずの存在などと、がっかりせずにはいられない…」


…どうやらノランは、聖女の存在をただただ自分にとって都合のいいものとしか解釈していなかった様子。

それを言ってしまうなら、この世界に存在するほとんどの力は彼にとって無価値という判定になってしまい、実際の評価とのずれが生じてしまうことになる。

しかし今の彼に、そこまでの事を考えるほどの頭の余裕は存在しない様子…。


「聖女がだめなら次を探さなければならないなぁ…。龍の生まれ変わり?転生者?はたまたどこかの国の王族令嬢か?…いずれにしても第一王子であるこの僕に相応しい存在でなければ意味がない。ただの無能な役立たずの女など、全く存在価値もないのだからな」


もはやすっかりアリシラの事は諦めてしまっている様子のノラン。

そんな彼のもとに、1人の使用人がある知らせを持ち込む。


コンコンコン

「ノラン様、いらっしゃいますか?」

「あぁ、いるぞ。なにか報告か?」

「はい。失礼します」


使用人は慣れた口調でそう言葉を発すると、そのまま機敏な動きでノランの待つ部屋の扉を開け、中に足を踏み入れる。

そしてノラン事を視界にとらえると、そのままこう言葉を発した。


「ノラン様、グライス国王様がお呼びです」

「国王様が?珍しいな…。分かった、すぐに向かうと仕えてくれ」

「承知しました」


報告を終えた使用人は、再び機敏な動きで来た時と反対の動きを見せ、ノランの元から姿を消していく。

1人部屋の中に残される形となったノランは、その頭の中でこう言葉をつぶやいた。


「(グライス国王様が僕の事を呼び出すなど、よほどうれしいことがあった時か、反対によほど僕がまずいことをしたときのどちらかだが…。まぁ状況的に考えて、なにかうれしい事でもあったのだろうな。僕が最近何か問題を起こしたわけでもないし…)」


自身の父に当たるグライス国王の存在は、ノランにとって非常に大きなものであった。

そんな大きな存在である父親からの呼び出しに、勘ぐらないはずがない。

しかしこの場において自身が叱責される心当たりを持たないノランは、あまり深く考えず気楽にとらえていた。

…それが、彼の人生を一変させる最初の出来事になるとも知らず…。

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