第31話 心配だけど
将棋部の夜の集いは、焼き肉屋で大いに盛り上がった。
綺瀬崎さんを囲んで、肉や野菜をロースターの上で焼きまくって、みんなで口の中に放り込んだ。
彼女が別のタイトル戦の挑戦者になったこともあって、その激励会のような場所にもなった。
もし勝つことができたら、三冠ってことになる。
とはいえ、会計の時のタブは彼女がしっかりと握り締めて、金額さえ見せてはくれなかったのだけれど。
それが終ってからすぐに、ぱんぱんになったお腹をさすりながら、真友に連絡を入れた。
菜摘が途中で学校から帰ってしまったっていうメッセージについて、気になったからだ。
『礼司が家に帰ってからでいいよ。電話で話そ?』
『分かった』
そんなやりとりだけをして、もう日の落ちた家路を急いだ。
ドアの鍵を開けて、暗い部屋の中に足を踏み入れる。
今日もおじさんの帰りは遅いみたいだ。
家に着いたことを真友に伝えると、すぐにスマホに電話着信が入った。
「おつかれえ。どうだった今日は?」
「まあ、将棋部の方は何とかなったよ。そっちは?」
「大変だったわよお。思ったよりもお客さんが多くてね、私は廊下で案内をしてたり、中で脅かしたりで、結局どこにも行けなかったわ」
「お客さんが多いのって、真友が表にいたからじゃないの?」
「よく分かんない。でも、明日も朝から、外にいてくれってさ。何なのよもうって思わない?」
「そっか。お疲れさま」
やっぱり猫耳ナイスバディ美少女の客引き効果は、馬鹿にならなかったみたいだ。
ビデオカメラはOFFのままなので、お互いの顔や姿は見えない。
だから、制服を脱ぎ捨てて、下着姿のままで、ベッドで横になった。
「ところで、なっちのことなんだけどさ」
そうだ、そのことが本題だ。
「うん。午後から帰ったんだって?」
「そうなんだよ。なっちの担当の時間が終ってから、他を見て来るねって言って出て行ってさ。そしたら少し後に保健室から連絡があったらしくって。筒木野先生がなっちの鞄を持って出て行って、それっきりなんだ」
そんなことがあったのか。
将棋部の方に入り浸っていたから、全然知らなかった。
「それから、連絡がとれないの?」
「うん。こっちから入れても返事がないし。だから心配でさ。礼司には、なにか連絡があったんじゃないかって思って」
「いや、なにも来てないよ」
「そっか……」
「流星の方には、どうなのかな?」
「訊いてみたけど、あっちにもなにもないみたい」
沈んだ声をスマホに送ってくる真友。
一番仲がいいはずの彼女にも連絡がないなんて、よほどのことなんだろうか。
保健室って言っていたから、風邪とか、体のどこかが悪いとか?
心配だ、彼女にさえ返事を返せないほどなのだったら。
けれども、だとしたら、そっとしておくのが、今は一番いいのかもしれない。
「俺の方からも、連絡してみるよ。今は寝てるか病院にいるかかもしれないから、できるだけそっとしておこうかって思うけど」
「うん。お願いね」
「ところでさ、真友」
「んん?」
「今日の衣装、似合ってたよ。すごく可愛かった」
「そう? ありがとう。じゃあSNSに乗っけちゃおうかな」
SNSやってたんだ、初めて知った事実だな。
あの衣装を着た彼女の写真が乗れば、結構人気が出るんじゃないかな。
間近に迫っているハロウィンの仮装にも、いいかもしれない。
「アカを送るからさ、よかったら礼司も見に来てよ」
「え、いいの? 俺が見ても?」
「大丈夫、礼司なら。そんなに大したものじゃないけどね。あ、エッチなものはないから、そこは期待しないでね」
あの、そんなの……はなから期待していません。
「じゃあ明日ね」と言い合って電話を切ってから、菜摘には『保健室に行ったって聞いたけど大丈夫?』とだけ、連絡を入れてみた。
よいしょと起き上がって、お風呂場でシャワーを浴びてから戻ってみても、既読はついていなかった。
◇◇◇
サカノウエ祭二日目、朝の教室に向かうと、もう何人もの生徒たちが、せわしなく動いていた。
昨日の一日を乗り切った余裕からなのか、みんなの顔はすこぶる明るい。
そんな中で一人だけ、表情が冴えない子がいた。
「あ、おはよう、礼司」
「ああ、おはよう」
もう麗しの猫耳少女の格好になっている真友だ。
理由は、なんとなく察しがついた。
「菜摘は来ていないの?」
「うん。家から筒木野先生に連絡があったみたいで、今日は休むって」
「そっか……」
やっぱり、なにかあったんだろうな。
今日の朝も、こっちから送ったメッセージには既読がない。
心配だけれど、俺はこれから将棋部の方に行かないといけなくて。
そういえば、今日の夜には、キャンプファイアを囲んでダンスの時間がある。
一緒に踊ろうって約束をしていたっけな。
もう叶わない約束になってしまったのは寂しいけれど、でもそれ以上に、彼女のことが気になる。
「よお、真友、礼司」
「ああ流星、おはよ」
「菜摘は来てるか?」
やって来たのは、昨日と同じ鎧の騎士の姿の流星。
心配事は同じなようだ。
真友が横に首を振ると、彼は眉の端っこを下げた。
結局彼の元へも、菜摘からの連絡は入っていないらしい。
「そうか、分かった。なにか分かったら、教えてくれよな!」
そう言葉を置いて、一年二組の教室の方へと戻っていく。
「じゃあ、俺も将棋部の方へ行くよ」
「うん。またね」
不安を振り払って、廊下で足を進める。
菜摘のことはとても心配だけれど、ここで俺がいなくなると、綺瀬崎さんが困ってしまうことになるんだ。
今はそっちに集中しよう。
その将棋部の部室も、入った瞬間から、空気が暖かい。
「綺瀬崎さん、昨日はごちでした!」
「ありがとうございました!」
昨夜、綺瀬崎さんの奢りでたらふく肉を食った面々が、彼女の目の前で腰を折っている。
「おはようございます」
「あら桐谷君、おはよう」
「昨日はご馳走様でした」
同じように頭を下げてから元に戻ると、いつもの涼しげな笑顔に迎えられた。
「どういたしまして。今日もお願いね。桐谷君は、午前中は対局の方だったわね?」
「はい、そうですけど?」
「多分私の師匠が、そのへんの時間でここへ来るはずだから」
綺瀬崎女流二冠の師匠は、
将棋のプロ棋士で、全将棋ファンが憧れるタイトルを何回も取ったことがある実力者だ。
テレビにもよく登場して、他の棋士たちの対局の解説なんかもしている。
そんな人が本当にここへ来るなんて。
背中に緊張の文字がぴったりと貼りついた。
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