第29話 秋晴れの空の下で

 サカノウエ祭の当日がやってきた。

 朝から秋晴れの空で、街には気持ちのいい空気が広がっていた。


 いつもより早い時間に、綺麗にデコレーションされた校門の下を潜った。

 教室に顔を見せて、文化祭実行委員や筒木野先生たちにことわってから、安君と一緒に将棋部の方へと向かった。


「なあ礼司、なにかいいことでもあったのか?」


「えっ、なんで!?」


 安君に突っ込まれて、ぎょっとなる。

 確かに俺は、ちょっと、いや、かなり浮かれてしまっている。


「だってさっきから、顔が緩みっぱなしだからさ。ちょっと気持ち悪いぞ」


 そんなに表に出てしまっていたのか、少し恥ずかしいな。

 でも、昨日の夜に、あんなことがあったから。


 菜摘から、ダンスを一緒にって誘われた。

 思ってもみなかったことだし、こっちから誘うことは諦めていた。

 彼女は流星と踊りたいんじゃないかって思っていたし、それが無くたって、他にもいっぱいお誘いがあるはず。

 最近はちょっと仲良くなったとは思うけど、勘違いはよくない。

 俺なんかが高望みしちゃいけないよな。


 そんなふうに思っていたから。


 でも、そんな彼女の方から声をかけてもらって、「今は私、礼司と一緒がいい」とも言ってもらった。

 きっとそれは、今は流星と一緒にいるよりも、俺との方が気を使わないとか、そんな感じで深い意味はないだろう。

 でも、こんな俺が彼女の役に立っているのかなと思うと、ガラにもなく胸が熱くなってしまった。

  

 話を聞いてすぐの時は、頭がぼんやりとして、脳みそに麻酔薬を打たれたような気分だった。

 一緒に帰りながら、そして自分の家に帰ってから、じわじわと実感が湧いてきて、顔が熱くなって、喜びに浸って悶絶する自分がいた。


 そんなことを、今日になってもずっと引きずっていたのかな。


「まあ、なくはないよ」


「もしかして、穂綿さんとなにかあったとかか? 昨日の夜も一緒だったもんな?」


 全くその通りなんですけど。

 でも、これ以上は話さないでおきたい。

 べらべらと口にしてしまうと、せっかく見ている夢が覚めたりしないか、そんな感じに思ったから。

 それに物事は何が起こるか、最後まで分からないんだ。


「まあ、想像にまかせるよ。それより安君の方はどうなのさ? 綺瀬崎さんのこと、誘えたの?」


 気になって訊いてみると、彼ははあっと溜息を吐いて、首を横に振った。


「一応誘ってはみたんだけどな。でも、『一緒に踊る人はもう決まってるから。ごめんね!』って、すごくいい笑顔で言われたよ。畜生、一体誰なんだろうな? 一回会って、後ろから蹴りでも入れてやりたい気分だよ」


 そうか、有言実行の末に、見事に玉砕していたんだな。

 でも、綺瀬崎さんからのお誘い、丁重にお断りしておいてよかったな。

 危うく安君から、蹴りをお見舞いされるところだった。


 それにしても、綺瀬崎さんもやっぱり人気があるんだな。

 一体相手は誰なんだろうって、少し気になってしまう。


 将棋部の部室でみんなと一緒に待っていると、遠くから炸裂音が聞こえた。

 サカノウエ祭の開始を告げる合図に、花火が打ち上がっているんだ。

 校庭で吹奏楽部が奏でるファンファーレの音が、それに続く。


 いよいよ始まった、とはいえ、まだ人も少なくって暇だ。

 喫茶コーナーの方で佇んで、じっと窓から外を眺めた。

 この部室は二階にあって、下の小路では制服や仮装した姿の生徒たちがせわしなく動いている。


 ちなみにこの喫茶コーナーは、対局をしてくれた人や、部の活動誌『一歩千金いっぷせんきん』を買ってくれた人には、無料で振舞われる。

 この活動誌はかなり分厚くて、将棋部の創立以来からの歴史や今年の活動内容まで、コンテンツが満載だ。

 開いて目次の次のページには綺瀬崎さんの挨拶が写真とともに載っていたりして、将棋ファンなら欲しくなってしまうのではと思わせる内容だ。


「なあ桐谷君、多分しばらくは暇だから、交代で見学でもしてみないか?」


 一緒にパートナーを組んでいる久繁君、彼は同じ一年生だ。

「うん、いいね」と頷くと、「じゃあ先にどうぞ」と言ってくれた。


 ぶらっと回ってみるかな。

 たった一人で寂しくはあるけれど、文句は言っていられない。

 久繁君との交代の前に、早めに何か食べておいた方がいいかもな。


 まずは気になって、一年生の教室の方へと向かった。

 その途中で、


「おお~い、礼司!!」


 大きな声で呼ばれたので視線を送ると、その先で流星が手を振っていた。

 黒い鎧のようなものを着ていて、腰には剣をさしている。


「やあ流星。もしかして、呼び込み?」


 片手で抱えられたプラカードには、『異世界ファンタジー喫茶 神々の黄昏 一年五組へ』と書かれている。


「そうなんだよ。校門の脇でな」


 流星、滅茶苦茶似合ってるな。

 まるでラノベの異世界ファンタジーの挿絵から抜け出してきた騎士みたいだ。

 彼が呼びかけると、女の子がたくさん集まりそう。


「お前はお化け屋敷だっけ?」


「うん、そうなんだけどさ、今は将棋部の方にいるんだよ」


「そうか、お前も掛け持ちだったな。俺もこれが終ったら、陸上部の方だ」


「陸上部って、何やるんだっけ?」


「人力車だよ。リアカーを改造したのに人を乗せて、校内を一周するんだ。足腰を鍛えるトレーニングも兼ねてな。最初は駅からここまで送迎しようかって話もあったんだが、学校の許可が出なかったんだ」


 なるほど、公道でリアカーを引っ張るのと、学校の中だけなのとでは、かなりハードルが違いそうだよな。


「暇になったら、そっちも見に行くわ」


「うん、ありがとう。じゃあね」


 流星と別れてから自分のクラスに向かうと、入り口の前に大きな猫が立っていた。

 といっても、遠目からでもかなり色っぽく見える。

 猫耳でしっぽ付きの美少女で、白くて肉付きのいい脚が眩い。


「あ、礼司い~♪」


「やあ真友、呼び込みかい?」


「そうなんだよお。私は中で脅かす役目のはずなんだけどさ、そっちよりも外にいてくれって言われて。なんでえって感じなんだけど!?」


 それって多分、陽キャ男子たちの提案なんじゃないだろうか。

 横じまのシャツの胸もとがぼんっと弾けてて、隠し切れない谷間が覗いている。

 短パンの下にはぱっつんとした白い太ももがあって、どうしたって目が惹かれてしまう。


「……なに、礼司? そんなにじっと見られると、恥ずいじゃん」


「あ、ご、ごめん……」


 つい全身をガン見してしまって、突っ込まれてしまった。


 しばらく一緒に見ていると、彼女が声を掛けるとほぼ100%の確率で、男子生徒がスリラーハウスの入り口へと吸い込まれていく。

 まるでパチンコの玉が回収口へと吸い込まれるかのように。

 猫耳美少女による色仕掛け、だれが考えたのか知らないけど、作戦的中のようだな。


「礼司も入ってみる? 面白いよ?」


「え、俺ってここの当事者だけど、入っていいの?」


「まあ、いいんじゃない? はい、お一人様ご案内~!」

 

 背中を押されるようにして中へと入ると、奥の方から叫び声がいくつも聞こえてくる。

 自分が書いた絵が通路に置いてあったりもして、なんだか嬉しい。

 真っ暗な中で足元だけを照らす光を頼りに進んでいくと……


「ぶはああああああ!! 食っちまうぞおおおおおお!!!」


「うわわっ、ゾンビ~!!!」


 な、なかなかの迫力で……つい叫んでしまった。


 そのあともたくさんのモンスターや妖怪に脅かされたのだけど、


「……あなた、凍りつかせてあげましょうか……?」


 菜摘が演じる雪女は、恐いっていうより、やっぱり見とれてしまって。

 暗闇に浮かぶ白い女神様……妖怪っていうより、そっち系かなって。


 だからごめん、あんまりびっくりはしなかったけど、でもやっぱりここ、お客さん増えそうだ。




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(作者より御礼とご挨拶です)


皆さま、メリークリスマスでございます。

いかがお過ごしでしょうか?

当方はいつも通り、会社で仕事をしておりまして、会議に忙殺されております。


ここまでお読み頂きまして、誠にありがとうございます。

皆さまのお陰で、こうして書くことができております。

引き続き、どうぞよろしくお願い申しあげます。

風邪などひかれないよう、どうぞご自愛くださいませ。


(カクヨムコン10にも参加させて頂いております。もし本作を気になって頂けましたら、★ご評価、フォロー、♡応援等もご検討頂けると、大変ありがたく存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。)





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